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未知標  作者: 一族
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第七八一話 踊り場(一三)

 浄は高笑いし、静はあきれ返る。怒り狂ったまどかの咆哮を聞き付け、舞姫の選手たちが、どやどやと集結してくる。一騒動だ。収拾をつけるべく祥子が頼ったのは尋道になる。

 急行する。重工への連絡はこちらから入れておくので、浄ともども待機せよ。そう尋道は言ってよこしてきた。尋道の所在はインキュベーションオフィスであった。移動手段を口にしなかった彼だが、早く見積もっても、三〇分余はかかるだろう。胃の痛い時間となりそうだった。

 衝突を避けるべく、一人と二人との間を遮るように立ちながら、祥子は思う。浄少年の、大した度胸よ、と。屈託のない笑みを絶やさない。静とまどかのとげとげしさとは対照的である。

「祥子さん」

「え?」

「怒ってません?」

 驚きはした。ただ、怒りはない。

「だって、私が浄君に養ったもらえるのは、私がしくじったときでしょう? 私、しくじるつもりはないもの」

「その意気っす。あんなことを言っておいて、なんですけど、祥子さんなら、うまくやれると思いますよ」

「ありがとう」

「問題は、外野ですよね」

「私たちに言ってるのか」

 聞こえよがしの浄の発言にまどかが反応した。

「他にいないだろ」

「二人とも、やめて」

 冷戦下に待つこと、三〇分余。尋道が舞姫館に現れた。供に那美と清香もいる。

「伊澤弟! 面白いやつ!」

 那美が突進してくれば、

「あ。奥さま」

 清香の姿を認めた桜田大の後輩たち、中村と井幡が出張ってきて、カラーズ島の周辺は大混雑となった。

「奥さま、どうして、ここに?」

「あれ? 聞いてない? あ。そういえば話してないや。私、今、カラーズさんでパートをしているの」

「カラーズの母として君臨してる」

「君臨なんて。有閑マダムらしいし、使ってやる、って郷本君に誘われたのよ」

「それはそうと、伊澤弟! お前、やったなあ! 養ってやる、とか。なんか、時代がかった感じで、笑える!」

「那美。笑いごとじゃないよ」

 渋面の静が妹に迫った。

「お。伊澤弟。高遠先輩には、面倒くさいおまけが、二つ、くっついてるけど、どうするの?」

「余裕っす。ぶっちぎってやりましたよ。心配じゃなくて応援しろよ、って」

「そんなので、黙るー? 特に静お姉ちゃんは、物わかり、すごく悪いよ」

「那美!」

 混乱のさなか、ふと見ると尋道の姿がない。見渡したところ、彼は舞姫島でスタッフの土居、権藤と話し込んでいた。並びの座席の、ちょうど中央で中腰となって、目を見開いたり、苦笑いを浮かべたり。一体、何をしているのだ。

「あれー。郷本さん、どうしたの? そこで、何をしてるの?」

 那美も尋道の不在に気付いたようで声が出た。

「事態を端的に伝えてくれるであろう方たちに話を伺っているんです。お構いなく」

 お構いなく、と言われても、である。間違いなく、この場を収めるのは彼の一言になる。祥子以外も同様の思いらしく、オフィスの音量は、おのずと低下していった。

「高遠さん」

 情報の収集は終わったようだ。背筋を伸ばした尋道の視線が祥子に注がれた。

「はい」

「昨日までは奨励でしたが、今日からは社命です。ビジネスマンとしての活動とアスリートとしての活動、立派に両立してみせなさい」

「はい!」

「やったぜ!」

 絶叫は、浄だった。

「郷本さんなら、絶対、一刀両断にしてくれると思ってたっす!」

「別に、誰も斬ってはいませんがね。元々、カラーズというのは、小さな体で大女たちの中に突っ込んでいく女の子を応援するために作られた会社ですので。挑戦を尊ぶ気風があるんですよ。僕は、ただ、それに準じただけで」

 なんと見事な話術、と思う。那美とのやり合いで鬼神のような形相になっていた静が、仏頂面まで軟化している。それを言われては、と、彼女を、かつて小さな体で大女たちの中に突っ込んでいった女の子のころに揺り戻したのだ。祥子が目指すビジネスマンの一像は、紛れもなくこの上司の形をしているのである。

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