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未知標  作者: 一族
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第七七九話 踊り場(一一)

 まさか、というのが、祥子の疑念に対する尋道の解答であった。先ほどの一幕は、計算ずくで中田を巻き込んだものか、と問うてみたのだ。新舞浜THI総合運動公園第二野球場からの帰りの車中になる。

「本当にー?」

 後部座席の那美が、ずいと身を乗り出してきて、尋道に迫った。車内での席次は、運転席に尋道、助手席に祥子、後部座席の運転席側に那美、助手席側に浄、となっていた。一人、帰宅の方向が違う清香とは、野球場で別れている。

「怪しいな。やり手だしな、郷本さん」

「伊澤君。人聞きの悪いことを言わないでください。本当ですよ。高遠さんの大事だったのでね。小細工を弄する暇なんてありませんでしたし。那美さんたちにご同道いただいていたのが幸いしただけです」

 だが、有力者に近しい者どもを抱えるカラーズの、隠然としたところを、まんまと先方にアピールできて、なおかつ、早速、成果も得られたではないか。見事、としか言いようのない手腕だった。

「悪い男だなー。悪い男がいるー」

「機に臨み変に応じられる男、と呼んでいただきたいですね」

「長いよ」

「何か、よりふさわしい尊称があれば、奉っていただいても構いませんよ。できるだけ、格調高い響きのやつで、お願いします。ねえ。高遠さん」

 その、格調高い響きのやつ、とやらを考案せよ、などと振られたのかと目を見張っていたら、違った。

「船舶・海洋事業本部にいらしたあなたは、ご存じでしょうが、中田さんは部のナンバーツーであり、重工全体を見渡したときでもトップテンに入る大物です」

 真面目な話だった。祥子は居住まいを正した。

「それでいて、その出自といえば、三〇代の半ばまで現役を続けられ、ユニバースにも三度、出場した経験のある偉大なアスリートだ」

 そこまで詳細な中田のプロフィールは、さすがに把握していなかったが、今は感心よりも傾聴に努めるべきであった。

「また、指導者としても確かな力量をお持ちで、何人もの教え子をプロに送り出していらっしゃる。実に、すごい。文武両道という言葉が、これほどしっくりくる方も、なかなかいない」

 そんな人物の教えを祥子は直々に受けられるのである。奇貨おくべし。

「あなたの、バスケットボール選手としてのキャリアを思えば、長く続いてもらっても困りますが、可能な限り、吸収に努めてください。人生は長い。きっと、あなたのためになる」

「はい。一生懸命に当たります」

 応じて、考えた。吸収のさなかにあって、自分もなっていくべきだろうか。機に臨み変に応じられる女、とやらに、だ。

「どうでしょう。あなたは、ならないほうが、いいんじゃないですかね」

 その心は、

「高遠さん、フェイススキンが薄そうですし。謙虚、素直、勤勉、あたりで攻めたほうが、あなたらしくて、いいと思いますよ」

 だ、そうである。

「じゃあ、郷本さんは、さしずめフェイススキンの厚い男?」

「どうでしょうね。自分ではなんとも言いようがありませんが。そうだ。那美さん。例えば、今、僕が何を考えているか、読めますか? フェイススキン越しに」

 再び那美の肉薄だ。しばらく時間がかかったのは、対向車の明かりで尋道の顔が照らされるのを待っていたためだった。

「いやらしい笑いー。どうせ生意気な小娘がべらべらと、みたいに思ってるんでしょう、この顔はー」

「おや。正解です。いちいちうるさい子だな、何か適当な理由をでっち上げてお給金を没収してやろうか、この小娘が、と思ってました」

「でっち上げないで! 私が言った三倍ぐらいひどいよ!」

 車内が、どっと沸いた。

「しかし、簡単に読まれてしまいましたね。これすなわち僕のフェイススキンが薄いという事実の証明となったわけで。やあ。一件落着だ」

 その弁舌と同じく精緻な尋道の運転で、車は国道を進んでいく。一路鶴ヶ丘へ。しずしず、しずしずと。

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