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未知標  作者: 一族
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第七七七話 踊り場(九)

 夕刻、カラーズの社用車を駆って伊澤家に出向いた祥子が見たものは、門前にて待ち構える野球少年の長身だった。尋道による事前の連絡があったとみえる。それにしても寒くないのか。一一月も半ばを過ぎて、じきに師走という曇天の下だのに。祥子は控えめだったエアコンの温度を、二度、高くした。

「祥子さん。お久しぶりです」

 乗り付けるなり浄が助手席に入り込んできた。

「待っててくれたみたいだけど、寒くなかったの?」

「全然。祥子さんがトレーニングに付き合ってくれるとかで、楽しみ過ぎて。ずっと、ホットでしたよ」

「ははあ。郷本さんに聞いた?」

「ええ。祥子さん、静さんと冷戦を始めて、バスケの練習をしてないから、足慣らしと、ついでに、気晴らしになるよう、頼む、って」

 そんなことまでも尋道は伝えていたとは。おそらく浄の行動を規範するためであろう。

「気が晴れた結果、何か、事態が変わればいいですねー、ともおっしゃってましたね」

 重ね重ねの気遣い、誠に痛み入るが、冷戦に至った事情が事情だけに、祥子の側から変化が起きる可能性は、ほぼゼロといえる。やめよう。この話題は。切り替えていく。

「出すよー」

 目指すは、浄が練習生として活動する高鷲重工硬式野球部の活動場所、新舞浜THI総合運動公園第二野球場だ。

「今の時期って野球は、どんな練習してるの?」

「えっと、野球部でいったら、下旬にでかい大会があって、今、部は、そこに集中してます。なんで、俺は、ちょっと放置状態。だから、ちょうどよかったんですよ」

「その放置されてる浄君は、どんなことをやってるの?」

「フィジカルトレーニングが主です」

「キャッチボールとかは?」

「ボールは、ほとんど使わないですね。寒いんで」

「そうなんだ。ちょっとやってみたかったんだけど」

「あ。そうなんです? だったら、ちょっとやります?」

「いや。無理はしなくていい。それに、意外と、暖かくなっても、浄君の練習に付き合ってるかもしれないし」

「え。そんなに、冷戦、引っ張る予定なんです? いや、俺は、大歓迎ですけど。そもそも、祥子さん、静さんと何があったんです?」

 長くなる。また、全ては語れない。かいつまんで祥子は浄に説明した。尋道と静の相性が悪いこと、一方で祥子は尋道を大変に慕っていること、などだ。

「俺も郷本さん、好きですよ。気さくで。うちの親なんかも、めっちゃ頼りにしてますし。ああ、こいつは、こんなふうに動かせばよかったのか、彼、よく見てるー、って」

「どう動かせばいいの?」

「おだてる、甘やかす、好きにさせる。うちの人間って、基本的に頭ごなしなんで、そういう考え方が、頭に浮かんだ試しがなかったみたいで」

 ぱっと思い浮かぶのは、まどかの浄に対する態度、か。

「そう。姉ちゃんが、一番、高飛車。でも、父さんも母さんも、あの系統っすよ」

 尋道は行く先々で吹いて回っているそうな。浄は天才、そして、天才には、ふさわしい操縦術がある、と。

「それが、中田さんにもはまって、もう、俺、ちやほやされっぱなし」

 高鷲重工野球部のトップ、中田を尋道が押さえた、という逸話になる。

「わかる。だよね。なんで、先輩、わからないのかな。ばかみたい」

 横目に、気まずそうに唇をとがらせる浄が見えた。確かに、悪口など、聞かされたって困る。だから、やめよう。この話題は。

「フィジカルトレーニングって、具体的には?」

「重工は、ランをよくやりますね。あと、体幹。ウエート。どうでしょう。割合の差はあるかもしれませんけど、バスケと、内容は、そんなに変わらないんじゃないですかね」

「そうね。私たちは、ランの比率が、比較的、高いぐらいかもね」

 祥子はにやりとした。

「ランなら浄君と張り合えるかな」

「どうでしょうね。祥子さんたちの得意分野ですしね。俺、置いていかれないように頑張りますよ」

 猫なで声に気をよくしている場合ではなかったのだ、と祥子が思い知るのは、約二時間の後となる。

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