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未知標  作者: 一族
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第七七六話 踊り場(八)

 祥子が憂鬱な週明けを迎えた理由は明白で、降って湧いたような競合相手の出現、これに他ならなかった。スポーツキャスターとして、既に名を成している小早川基佳と、いかに伍すか。戦前の予想を悲観的にするのは彼我の武装度の差であった。若手ナンバーワンとも称されるスポーツキャスターとしての実績を備える基佳に対して、祥子は、どんな強みを持っているだろうか。自己分析を、始めるまでもなかった。何もない。現状の高遠祥子は、小生意気な言動を上司たちに面白がられることで、わずかに存在感を発揮している程度の小物でしかない。

 思い悩んでいるうちに祥子は気が付いた。先週末は、カラーズの前社長、孝子が司法修習のために舞浜をたつ、その旅出の時ではなかったか。背筋が寒くなった。部下たる者が何をやっていた。尋道に問い合わせてみると、基佳はもちろん、斎藤みさとまで見送りに顔を見せていた、そうな。申し合わせたわけではなかったというので、単純に祥子の至らなさ、落ち度といえた。現社長に員数外扱いを受けているみさとにまで後れを取るとは、あまりにも情けない。

「サチ。どうしたの」

 しけた面を静に見とがめられた。午後の執務の真っただ中だった。

「いえ。先週末って、お姉さん、司法修習にたたれたんですよね。私、完全に忘れていて。お見送りに行けなかったな、って」

「ああ。私もだよ。というか、あの人、いつの間にかいなくなってた。うちには一言もなかった」

「え。でも、郷本さんたちは、お見送りをした、って」

「どうせ、郷本さんが後ろで糸を引いていたんでしょ」

「違います。勝手な想像でものを言わないでください」

 静のとげとげしい物言いに、むっとして、思わず祥子の語気は強くなった。が、それ以上は、思いとどまった。尋道は静を買っていないし、静も尋道に含むところが、大いにありそうだった。彼について何を語ろうと、素直に聞いてはくれまい。

 ぷいと静が席を立った。そのまま舞姫館を出ていってしまったので、もう戻ってはこないだろう。戻ってこられたところで、困る。静と同等に祥子も憤慨に堪えなかったのである。

 翌日より静がカラーズに顔を出さなくなった。上等だ。祥子も静の自主トレーニングに顔を出すのをやめた。お互い、好きにしようではないか、と無視を決め込む。

「先輩。どうしちゃったんですか。先輩と静先輩、あんなに仲がよかったのに」

 青白い顔で迫ってきたのは、二人の共通の後輩、まどかだった。

「先に仕掛けてきたのは、あっち」

「私も隣で見てましたんで、それは知ってますけど」

 祥子はため息をついた。

「郷本さんがおっしゃってたんだよね」

「あの方、なんて?」

「先輩、ああ見えて、意外に気が強くて、意外に頑固、って」

「ああー」

 分析は、まどかにも得心のいくものであったらしい。しきりにうなずいている。

「だから、先輩が譲ることはない気がする」

「じゃあ、先輩が?」

「なんで私が」

 祥子の敬愛する上司に対する誹謗中傷は看過できない。まどかは天を仰いでいるが、知らぬ。絶対に、譲らない。

 そんな折だった。逐一報告を入れておいた尋道からメッセージが届いた。暇そうなので、カラーズが後見する野球少年、伊澤浄の練習パートナーを務めるように、と。

「え? 浄の?」

 渋い顔をするまどかを、祥子は鼻で笑った。

「伊澤。考えが浅いよ。この、パートナー、ってあたりがみそだよ」

「どういうことです?」

「小娘、体を動かしてないみたいだな。競技は違うけど、何もしないよりはましだろう、って。郷本さんの配慮」

「はあ」

 目に、口ほどにものを言わせるまどかは無視して、祥子は出発の準備に取り掛かった。上司の配慮だ。ありがたく受けねば罰が当たる。せいぜいなまった体に活を入れてくるとしよう。

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