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未知標  作者: 一族
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第七七四話 踊り場(六)

 室内のさざめきが収まったところで、尋道は議事を進展させに掛かった。今回の会合にうってつけの、ねたがある。つい昨日、彼の元に届いた動画だ。持参のタブレットに保存してきた。

「例題を出します。先ほどのお話を、正しく実践していただけるか、どうか、をね」

 尋道はタブレットを掲げた。

「動画です。真ん中の再生ボタンを押していただければ始まります。一人一人、吟味していただいても、集まって、ご覧いただいてでも、ご自由に」

 声に、孝子と祥子以外が移動を開始した。見る間に那美を中心とした固まりができあがる。

「何?」

 隣人からの問い掛けに、

「例の」

 尋道は小さく低い声で返した。動画は、謎のモデル、下村毛糸とナジコとのコラボレーションだった。単身、田舎を訪ねてきた孫娘、下村毛糸を祖父、依田逸郎はナジコのオープンカーで迎えた、という導入で動画は始まる。

「おじいちゃん。どうしたの、その車」

「少し、若やいでみようと思って、ね」

 二人の会話は字幕で表される。特徴的な孝子の低音の隠蔽を狙って、となる。隠蔽といえば、孝子の外見も隠蔽されている。最新のメーク技術に加え、メッシュの入ったスーパーロングの鮮烈な印象、さらには補整インナーにより肉感を増した体型も合わせて、ほぼ別人へと変化していた。全ては、一般人、神宮寺孝子を保護するためである。

 動画の内容に戻ろう。祖父のこじゃれた様子に感心していた孫娘の視線が一点に注がれた。オープンカーはマニュアルトランスミッションだった。

「おじいちゃん」

 右手の甲を見せながら、立てたままの人差し指と親指を交互に前後に動かして、孫娘は運転の交代を要求だ。こしゃくな仕草を満面の笑みで受け止めて、祖父は運転席を譲る。

「ゴー、ゴー」

「うん。ゴー、ゴー」

 孫娘の運転で走りだすオープンカー。ここで孝子と関の『花咲人』がかかる。狭義の愛ではなく、広義の愛をたたえる歌として響く。

「どこの俳優さんかと思ったら、依田さんじゃないの」

 視聴を終えた清香が旧知の依田の演技ぶりを語れば、

「これ、かかってるの、お姉さんの歌ですよね。披露宴の時、ちょっと聞こえてきてました」

 景はBGMの『花咲人』について言及し、

「あ。それ、静お姉ちゃんに聞いた。ケイちゃんの余興、すごかったってね。私、聞きたかったなー」

「私もですよー」

 那美と佳世によって逸脱した話題は、

「ああ。でも、そこのところを、あえて騒がないで、って話なんだね」

 埋伏しておいた基佳の手で締められた。よい傾向であった。メークのなんたるかを知らなそうな那美や景、佳世らはもちろん、清香のような達者ですら下村毛糸を孝子と感知できなかったのだ。隠蔽工作は万全だった、といえた。

「あと、付け加えさせていただきますと、カラーズは重工系の企業です。ナジコさんとのコラボは、公にするべきことではない、とお含み置きください。今後、例の動画を目にする機会があったとしてもスルーで。何か問われても知らぬ存ぜぬですよ。まあ、このあたりですかね」

「勉強会、うまくいったんじゃない? さすが」

 真横を向いた孝子の顔面の、参加者に遠い側、すなわち右半分では皮肉な笑みが浮かんでいる。見事な表情筋の操作ではある。この詐欺師、とでも言いたいのであろう。

「おかげさまで」

「結局、カラーズは君なんだよね。今週末から、一年強、か」

 司法修習に参加するため、カラーズを、一時、孝子は離れる。

「なんの不安もないよね。私がいない間、よろしく」

「任されました」

 掲げられた孝子の左の手のひらに、尋道は右の手のひらを合わせた。カラーズ合同会社の社長職、名実共に交代である。

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