第七七〇話 踊り場(二)
あそこまで冷厳な反応を示すほど、であったのだ。尋道にとっては。
激甚の人柄という明確な、玉にきず、を持つ孝子には、これまた明確な対処のしようがあった。盾突くから荒れ狂う。要は刺激しなければいいのである。イエスマンになり切ることだ。ひとたび暴発されれば、どんな名案も、どんな重畳も、放棄せざるを得なくなってしまう。故に、控えてくれ、と尋道は事あるごとに自分の考えを明示してきた。孝子にではなく彼女を刺激する因子たちに対して、だった。故に、静のような分からず屋の存在は、非常に腹立たしく、小憎らしい。
一般的、常識的な観点からすれば、間違っているのは孝子および尋道の側になる。孝子は自制すればよく、尋道は諌止すればよい。しかし、彼はこれらの行動を決して勧めないし、選ばない。カリスマと認める相手の不興を買いたくないがためである。孝子が引き寄せる種々さまざまを巧みにさばき、彼女の信頼を得る。忠実に仕えた先で待っているのは配当となる。皆も彼と同じゅうすればいいのに、と思うが、なかなか。そうは問屋が卸さない。善良の人たちとは親切気を発揮せずには生きていられないものらしい。
連中を封印する、いい謀計はないか、と不穏な思案をしていたところに新たな難題が届いた。孝子だ。いわく、小早川基佳の獲得を検討せよ、とのことであった。若手スポーツキャスターのナンバーワンをカラーズへ、か。カラーズの業務上、使いどころのない、無用の人材なのだが、とは初出の感想だった。もちろん、尋道の内意などカリスマの意向と比ぶべくもないので、表に出したりはせずにいく。
舞浜へ戻るなり行われた食事会での雑談から発展した転職話、という。ナンバーワンともなると引く手あまたで、スポーツイベントやスポーツバラエティーといったあたりへの出演も随分と増えたそうな。いや、増え過ぎたそうな。
「もっと外に出たい」
そう現場の人を自任する友人が嘆けば、
「カラーズで飛び出せよ」
孝子が呼応するのは自明だった。いや、飛び出せよ、ではない。安請け合いを、とは思っても、孝子の意向ならば全て容認するのが尋道の是だ。基佳の獲得は決定事項として、カラーズにおけるスポーツキャスター的な仕事といえば、契約アスリートの活動報告ぐらいしかない。とてもナンバーワンの現場欲は満たされないだろう。無理を承知で外に出せば赤が出る。
どうするか。
こうするか。
切り取り次第と定めた上で、基佳自身に活動の全権を委ねる。どこへでも、思うさまに飛び出すがいい。ナンバーワンの才覚と培ってきたつてがあれば可能なはずだ。手間もかからぬし、ぜひ、そうしてほしかった。
ここで尋道は新たな仲間候補の人柄へと思いをはせた。奥村紳一郎を巡り、孝子に完膚なきまでたたきのめされたにもかかわらず、なおその因縁の相手の元へと舞い戻ってきた人、小早川基佳。彼女もカリスマに引かれた人なのであろう。その傾倒は大いに利用できそうだった。
基佳の獲得を機にカラーズの新体制を構築してみようか。旧体制は破棄し、カリスマによる絶対王政を徹底する。具体的には、イエスマンになり切れ、と説き伏せた基佳を孝子の最側近として据え、その下に御しやすい者たちを配していく。うまくいくなら、平穏無事のカラーズになる。
早速、検討を開始するとしよう。詐欺師だの、軍師だの、フィクサーだのと称されてきた男の頭脳が回転を始めた。




