第七六九話 踊り場(一)
長沢の披露宴も盛況のうちに終わり、明けた週の初めとなる。新婦の教え子として、本来であれば晴れやかな気持ちで迎えられる日のはずであった。ところが、この日の静は違った。気鬱しかない。
披露宴が行われた那古野へは、静、二人の年長者、孝子とみさとと共に向かった。一方、帰りの同伴者は、みさとと景だった。孝子と尋道、祥子は何やら那古野で一仕事が発生したらしく、別行動を取った。これが気鬱の要因である。
帰途、自分も一仕事に加わりたかったらしいみさとの愚痴は激しかった。納車したての社用車を褒めたりと、なんとか他に気を意識を向けさせようとしても、効きはしない。景と二人で苦労した。一仕事は白熱したようで、今朝の時点では、孝子、那古野から帰宅していなかった。舞姫館に来てみれば、祥子の姿もない。尋道が当所に姿を見せるのは午後なので、彼の動向は、現状、不明だが、おそらくは二人と同様だろう。みさとの不快の念は、さらに募ること請け合いだった。
午前中の自主トレーニングを終え、昼食を取るために帰宅した静が「本家」を訪ねるも、無人。再度、舞姫館に顔を出すと、いた。尋道と祥子がカラーズ島に着いていた。
「あ。お帰りなさい。タッチの差だったのかな、お姉ちゃん」
「どうでしょうね」
「何かあったんですか?」
「お宅の前まではご一緒していませんのでね。真っすぐお戻りになったかは僕の知るところではありませんよ」
出鼻をくじかれた感があった。
「そういえば、お仕事、随分とかかったんですね」
「ええ」
「何か、面倒なことでも?」
「おかげさまで皆無でしたよ」
おかげさまで、とは意味深長ではないか。お前たちがいなかったから、と解釈できなくも、ない。
「静さんって、すぐに顔に出ますよね。で、お察しのとおりです。あなたのお姉さんは、常軌を逸して気の強い、短い方でしょう。激発させる可能性の高い方をオミットできたのは、よかった」
「私のことですか」
「静さんもですが、主に斎藤さんですね。神宮寺さんが出張っているときは、余計な一言をやらかす可能性のある方を遠ざけておくに限る。何しろ、どんな一言で怒りだすか知れたものではない」
「余計な、って。私たち、そんな」
「あなたたちの、つもり、は関係ありません。ここでの要事は、神宮寺さんがどう受け取るか、だけです。建設的な意見だって、あの方にすれば差し出口だ」
「余興のリハーサルの時も、そうだったんですか?」
「ええ。大切な披露宴の直前でしたでしょう。大事を取らせていただこうと思いましてね。そういえば、あの方、披露宴の最中に、むっとしてましたよね。伺ってないのですが、何があったんです?」
式場での、側、の件か。語り、失笑を覚悟していたところ、尋道は意外に穏やかなまなざしを向けてきた。
「知らないのは仕方ないですよ。まずかったのは斎藤さんだ。コーチしてあげるよ、とでも言って静さんを抱え込んでしまえばよかった。下手にかばったので、盾突いたと思われて。実に、うまくない」
かばってもらった身として、みさとのあまりにあんまりな言われようは、率直に面白くない。
「まあ、いいでしょう」
また顔に出ていたらしい。
「高遠さん」
「はい」
二人のやりとりを、はらはらと見守っていたのだろう。うわずった声の祥子が、しゃっきりと背筋を伸ばした。
「たった今から、あなたをカラーズ舞姫館分室の室長に任命します。ここでの業務は全てあなたにお任せします。僕はSO101に戻ります」
言うが早いか尋道は荷物をまとめて舞姫館を去っていった。急転直下にあぜんとするしかなかった。彼は静を見限っていったのだ。従順ではなかった、とは思う。ただ、あそこまで冷厳な反応を示されるほどであったのか。わからない。静には、わからない。




