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未知標  作者: 一族
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第七六五話 花咲人(三〇)

 相席となった一葉や長沢の友人たちとは、巧みにコミュニケーションを取ってみせるのだが、静とみさととは隔絶だ。先ほどの悶着以来、不快の念が収まらないらしい孝子である。

 どこやらかでのぞいていたのだろう。そのうちに尋道が現れ、孝子のそばに片膝立てで控えた。

「どうしたの?」

 問い掛けに尋道はメモを示して、身振り手振りで返す。受けた孝子も身振り手振りに移行した。

「尋、なんだって?」

 やがて尋道が去った後に一葉が孝子に問う。

「余興の補足です。思うさまにやってくれ、って。本番を、お楽しみに」

「お姉ちゃん。景、どうなったの?」

 無視された。ここまでくると懸念が勃然としてくる。かような体たらくでまっとうな余興になるのか。といって喚起はできなかった。さらに孝子を怒らせることとなる。そうこうするうちに時間は流れて、いよいよ余興が始まる。

 と、いきなりの異変だった。司会のアナウンスで、余興の間の撮影は、一切、遠慮いただく、旨が通達されたのだ。肖像権保護の観点より、とは芸能人の関隆一故、か。

 間髪を入れずに次が来た。余興の仕切りを、新婦の教え子、神宮寺孝子が務める、と。歌唱どころか司会までとは。義姉は大丈夫なのか。披露宴は大丈夫なのか。静の不安をよそにして孝子は堂々、司会の元へ向かっていく。

「ただいまご紹介にあずかりました、新婦最愛の教え子、神宮寺孝子と申します」

 いきなり何を言い出すことか、と思いきや、これも異変に違いなかった。ワインレッドのドレスに身を包んだ長沢が、つかつかと孝子の元に歩み寄っていったのだ。

「なんですか。立場上、教師は八方美人でないといけないから、最愛とか言うな、とでも?」

 マイクを向けられた長沢はかぶりを振る。

「いや。お前は、最愛というより最強でしょう。何をしてくれるのか、おっかなくて」

「こんな美少女をつかまえて、何が、おっかない、ですか。はい。正治もニコニコしない。新婦の快活なところに引かれた、なんてお話がありましたけど、そんな甘っちょろいことだと尻に敷かれますよ。ご安心を。いくつか出し物があるので、その差配をするだけです。長沢先生。まずは、ビデオメッセージの披露なんですが、せっかくなので一緒に見ましょう。はい。一つ目、お願いします」

 孝子の合図とともにスクリーンに映ったのは小早川基佳の顔であった。

「長沢先生。小早川です。ご結婚、おめでとうございます」

 著名なスポーツキャスターの登場に場内が沸く。

「高校時代、長沢先生に厳しくも激しく指導していただいた思い出が、まるで昨日のことのように思い起こされます」

 ここで、スクリーンの基佳が、わざとらしく身震いする。

「どうぞ、ご家庭では、甘く、優しく、お過ごしください。お幸せにー」

 最後の、お幸せに、とかぶったのは孝子の笑声だ。うはははは、と実にわざとらしい。

「お前の差し金か」

「まさか。小早川は高一の夏休みに転校したので、長沢先生の教え子だった期間は正味三カ月程度なのですが、にもかかわらずの、あの甘えっぷりは、つまるところ、長沢先生のご人徳、って話ですよ。はい。拍手」

 要求に、式場はやんやの喝采となる。

「次、お願いします」

 次、は奥村紳一郎と佐伯達也だった。場内のどよめきは基佳の時に勝るとも劣らない。

「奥村です」

「佐伯です」

「長沢先生。ご結婚、おめでとうございます」

 声を合わせた後は、佐伯が主、奥村が従、となった。

「奥村君。長沢先生の思い出、ってある?」

「ジャージー?」

「ああ。そうだね。僕もジャージーだ。卒業式なんかは、さすがにスーツとか着ていたと思うんだけど、記憶になくて。というわけで、先生。お祝いに、ジャージー、送ります」

 奥村がベアトリスFCのものと思われるジャージーを掲げてみせた。

「長沢先生、背、高かったし、サイズは2XLぐらいでよかったですかね。ホームとアウェーを、二着ずつ送りますので、ペアルックを楽しんでください」

 手を振り振り二人が消えていったスクリーンを見上げて、孝子がつぶやいた。

「あのあんぽんたんども。なんだよ。2XLって。4XLでしょう」

「ばかやろう。2XLでも大きいのに、さらに大きくしてどうする。それ、もう、二メートルぐらいいってるだろ」

「え。長沢先生、それぐらいいあるでしょう?」

「ないよ。あ。お前、縮こまるなよ」

 長沢の指摘で気付いた。孝子はいつの間にか身をかがめて、長沢の大女ぶりを強調しに動いていたのだった。

 連続のとぼけが見事に決まって、場は孝子の支配下となった。順番でいけば、次は、いよいよ歌の番だ。義姉が支配する余興の成り行きやいかに。固唾をのんで静は見守る。

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