第七六三話 花咲人(二八)
剣崎龍雅と関隆一がいたのはサロンと同じフロアにある小さな会議場だ。尋道と同じくブラックスーツを着込んだ彼らは、何やら鍵盤の置かれた円卓に腰掛けてくつろいでいた。
「やあ。おそろいで」
立ち上がった二人が歩み寄ってくる。
「剣崎さんもいらしていたんですね。郷さん。サプライズって、剣崎さん?」
「違うでしょう。俺じゃ、サプライズにならない。関のことじゃないの?」
対する尋道の答えは、ない。ないままに取り出したメモを孝子、剣崎、関と手渡していっている。
「それは?」
またも答えは、ない。静、気付いた。
「斎藤さん。私たち部外者です。黙っていましょう」
忘れてはならない。尋道は静たちの参加を望んでいなかった、という事実を。
「あ。失敬」
「そちら、披露宴の次第なんですがね。余興とサプライズに、午後一時四〇分から二時までの二〇分ほどを取っていただきました。ビデオに五分、スピーチに五分、歌に五分、予備に五分、が一応の予定です」
「順番は?」
孝子がメモに目を落としながらつぶやいた。
「あなたの歌をトリに持ってきたかったのですが、それだと、須之内さんが間に合わない可能性があります」
「え!? 景も来るんですか!?」
「静ちゃん」
舌の根の乾かぬうちに、である。みさとにいさめ返されて、静、はっと黙る。
「順調ならば五〇分の入りが可能だそうです。ビデオ、歌、スピーチ、でどうでしょう」
「よいよ。五分間は私がつなごう」
事もなげに孝子は言った。次だ。
「ケイティー。はい、これ。スコア」
どう長く見積もっても、剣崎に渡されたぺらを、三分は見ていなかったはずの孝子なのだ。
「ほい。やりましょう。リューイチ・セキは、準備いいの?」
「ばっちり」
そこからの落差は大きかった。剣崎の伴奏に合わせて歌う孝子の、『花咲人』の完璧なことといったらない。関のコーラスとの絡みも見事だった。
「いいんじゃないですか。じゃあ、これで。本番も、よしなに。そういえば、その後を聞いてなかったんだけど、あれは、どうしたの? やっぱり、剣崎さん?」
拍手喝采で近づこうとするも、話題は、動きつつあった。孝子が声を掛けた相手は尋道だ。
「ええ。お渡ししました」
剣崎へ、ということは、楽曲、だろうか。
「ああ。『Sweet on you』。確かに、預かった」
「どうさばくんですか? アートは無理でしょう?」
「いや。アートだよ」
唐突に、孝子の大笑が起きた。
「似合わねえ」
「郷本君から提案があってね。もっと大仰に、例えば、人間愛みたいなものに昇華させたら、アートでもいけるんじゃないか、って」
「そんなの、つまらない」
ちらりと静は孝子をうかがってみた。声を出すと、いろいろ支障が出てきそうなので、黙って、である。すると、孝子が、急に歌い出した。甘ったるい、鼻血の出そうな歌詞。義姉にも、このような作をたしなむ性根があるのか、と思ったのもつかの間だった。なぜか、孝子が、にじり寄ってくる。いつしか静は絡め取られ、急接近する孝子の顔と、ろうとのようにとがった唇と。
「何をやってるの!」
叫んで、振りほどいた。危うく接吻をされるところだった。孝子は顎が外れそうなぐらい笑っている。
「いや。あの歌、真面目に歌うと笑いそうになるんだよ」
「だからって、迫ってこないでよ!」
「みさとに迫ったら、あべこべに私が奪われていたかもしれないでしょう」
「おいで」
手を広げたみさとに、孝子は体当たりを食らわせている。
「痛いな。で、今のは、アーさまの新曲なわけ?」
「私は、あの子には無理、って言ったんだけど、そこの男は、なんだかあがいてるみたいね」
「そうね。アーさまって、すっごい美人なのに色香はないよね。あんたもなんだけど」
「泣かす」
みさととの取っ組み合いで髪を乱した孝子が、小さくなりながら二度目のサロンに向かったのは、誠に笑止、といえた。




