第七六二話 花咲人(二七)
静は不機嫌だった。長沢の披露宴、その当日の朝である。メークが、濃い。このことだ。苦手、というよりは、できないので、みさとに依頼したところ、派手派手しくやられた。
憤まんを助長したのは、メークの後の出来事になる。ホテルの式場に併設されたサロンへ先行していた孝子が、鏡に映った静の姿を見るなり噴き出したのだ。
「知らない子がいる」
静は孝子に顔を寄せた。我が姉ながら薄化粧がしっくりとして、実に見目麗しい。それは、静の厚化粧を見て笑いたくもなるだろう。
「さっさと行っちゃって。お姉ちゃんがメークしてくれたら、こうはならなかったんだよ」
「散々な言われようなんですけど」
背後からみさとの声がする。
「でも、さあ。静ちゃんよ。その子に頼んでも、大して変わらなかったと思うよ? だって、まあまあぺらい顔してるじゃない、我々? 薄口が成り立つのは、その子の彫りがあってこそなのさ」
「絶世の美女だしなあ。私って」
「美容師さん。この人、ちょんまげにしてください」
「てめえ、愚妹」
「これ。騒ぐな。静。こっちに来い」
姉妹に割って入ってきたのは各務の声だ。
「あ。各務先生。いらしたんですか」
視線を動かすと、サロンに四席あるうちの最奥に各務はいた。最前の孝子から離れて向かう。
各務は、ちょうどヘアセットの終わったところであった。ぴしりと整った短髪の下は、こちらもなかなか派手派手しく仕上がっていた。
「あ。お姉ちゃん。ここにも知らない人が」
「各務先生も、こってり?」
「孝子」
騒ぐな、と言った各務も加わって、争議は拡大していく。
「うおい。ここ、うるさいな」
そこへ一葉が姿を見せた。乱れた長髪を揺らしながら孝子に近づいていく。
「一葉さん。寝起き?」
「うん。車に乗った瞬間に寝た。那古野に着いても起きてやらなかったよ」
共に行動していたという関隆一に対して、やらなかった、のであろう。
「冷たい。あれ、泣いてませんでした?」
「隆ちゃんが悪い」
一葉は頬を膨らませている。
「いいよ、やつのことなんか。それより、孝ちゃん。尋が表に来てる。終わったら、行って」
「はあい」
サロンの先客は多く、ヘアセットの順番は、当分、回ってきそうになかった。少しぐらい席を外しても大過とはなるまい。静は外に出た。
「郷本さん」
廊下ではブラックスーツで隙なく固めた尋道が、誰やらかと電話をしているところであった。通話の終わりを待って近づく。
「おはようございます。お姉ちゃん、まだヘアセットの途中なんです」
「そうですか」
「郷さん。あの子に何か伝言とかあります?」
いつの間にかみさとが静の隣にいた。
「せっかくですが。余興の打ち合わせなので。ご本人でないと用を足さないんですよ。お構いなく」
会話が途切れた、次の瞬間だ。
「お。随分とめかし込んだね」
アップヘアにまとまった孝子の登場である。
「お疲れさまです。もしかしたら、場内に押し入って、べらべらやる必要があるかもしれないのでね。あまり裏方然とした格好をしているわけにもいかない」
「何か問題が?」
「現状は。ただ、かつかつのスケジュールでして。引き延ばしをしなくてはいけなくなるかもしれない」
静とみさとは、我知らず顔を見合わせていた。
「郷さん。私たちが手伝えることってあります?」
「事ここに至っては、ないです。一からあなたが絡んでいたなら、大いにこき使わせていただいたんですがね。さて。神宮寺さん。剣崎さんと関さんがお待ちです。行きましょう。それでは」
「あ。私たち、サロン、ちょっと待ちそうなんだ。時間つぶしさせてもらっちゃ駄目?」
「いいけど」
「駄目です」
どちらが、とは判別できない、ほぼ同時の返答だった。はっとした顔と、しらっとした顔との対比がある。
「許可したのは、あなたですからね」
「いや。そこは、押し切ればいいでしょう」
「あなたの意向には逆らいません。僕の是です」
「くっそ。ばかを見るみたいな目つきをしやがって。お前たちのせいだぞ」
取り澄まされて、八つ当たりがきた。自分は何も言っていない、と静が弁明すれば、見捨てないで、とみさとが絡んできて、応酬に発展する。そのうちあきれ返ったか、尋道は一人で歩きだし、気付いた三人娘が慌てて追従し、と、もはやサロンで勃発したものの比ではない。なんとも騒々しい始末となったのであった。




