第七五六話 花咲人(二一)
尋道のキャンピングカーが納車されて一週間だ。この日の彼は朝からゴルフのために外出する。くだんのキャンピングカーを用いて送迎を務めるのは孝子である。八日連続八回目の乗車となる。
「やってくださるとおっしゃるのであれば歓迎しますがね」
申し出た際には、連日、さんざっぱら乗り回しておいて、との思惟が尋道の顔に声に、ありあり浮かぼうと、孝子は構い付けぬ。
「一粒で二度おいしいんだよ。ほら。今、うちにある二台って、とまっているときは、なんの価値もないでしょう。でも、君の車は違う。着いた先でも楽しくて」
「そうかもしれませんね。僕を置いたら、どこかに繰り出すおつもりで?」
「いや。作曲。この一週間は着いた先で詞を書いてた。普段と違う景色だからなのかな。こう、ひらめくんだよね」
「それは思わぬ効用がありましたね。わかりました。そういうわけでしたら、遠慮なく、どしどしお使いください」
「言われなくても。できたら渡すよ」
そんなこんなで舞浜カントリークラブである。
「ほれ。尋道君、せいぜいたたいてこいわん、って」
今日も引き連れてきた放浪の相棒、ロンドと共に孝子は尋道を送り出す。
「ロン君。僕、意外と、たたかないんですよ。これでも。その代わり、絶好調ということも、ほぼないんですが」
ゴルフバッグを担いだ尋道は肩をすくめた。
「いや。別に意外じゃないかな。なんでも穏当にこなすイメージがあるよ。そういえば聞いてなかったね。今日は、誰と?」
「野球部の方たちと斎藤さんですね」
カラーズの花形を、ゴルフ場外交に、早速、投入してきたわけか。
「ええ。これで僕にお鉢が回ってくることもなくなるでしょう」
「そうは問屋が卸さない、と思うけどね。君と、あの子の魅力は、別物さ。まあ、いいや。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
創作活動に集中するため、駐車場の端に車をとめたせいで、クラブハウスまで延々と歩く羽目になった男を、せめて最後まで、と見送ってから孝子は車内に戻った。ダイニングセットに陣取り、持ち込んでいたハンディータイプのシンセサイザーと向き合う。『Sweet on you』は長沢美馬の結婚が発想の元となった楽曲だ。らしくない、甘ったるい歌詞を、終始、苦笑しながら書き上げたものである。
「尋道君は、使いものになる、と思ったら、この曲を、どう使うつもりかな。アートかな。あの子が惚れた腫れたを歌うとか、想像できないんだけど」
対面に座ったロンドに、そう、話し掛けて、笑う。
あるいは、氏の言うところの義兄、関隆一か。
「あの人が歌うのも、なんだか気持ち悪いな」
言って、孝子は、さらに笑う。
さて。ざれごとにも飽きてきたので、作業に移るとする。たわいない日本語詞を書き、それを英語詞に訳す、という一手間の必要な作詞と比べれば、作曲は、まだたやすい。尋道が戻ってくる夕方には完了していることだろう。
果たして孝子の見当は外れず、どころか正午過ぎには完成と相成った。
「お腹空いた」
次の瞬間、口をついて出たのは、これである。極度に集中していたせいだろう。席を立ち、冷蔵庫をあさるも、中に入っていたのは水のペットボトルが一本のみであった。
「何をやってるの、あの男は。使えないな」
それ以上の毒が発生しなかったのは、食べぬ男と知るが故となる。
「仕方ない。犬。何か買ってきて。ごめん。冗談」
きりりと乗降口の付近に立ったロンドを呼び戻し、一思案する。空腹と、おっくうとが、せめぎ合う。五分と五分で始まった争いは、あっという間に後者が前者を凌駕して、終結した。
「犬。尋道君が帰ってくるまで寝ようぜ」
紅葉には尚早でも、昼寝には適時な一〇月末だ。ダイニングセットを畳み、ダブルベッドをこしらえ、ロンドを抱え込んで、準備は万端となった。意識がなくなれば、空腹もなんのその。存分に、寝こけてくれる。




