第七五二話 花咲人(一七)
重い足取りの行く先はSO101だ。「本家」での会合の後、出勤すると語っていた尋道の元を訪ねる。うまく伝えておく、とみさとは言ってくれていたが、失態の報告と謝罪は、当事者たる静の全うすべき責務であろう。
電車に揺られて三〇分弱。徒歩分も含めれば一時間弱の道程を終え、静はSO101の入居する舞浜大学千鶴キャンパスはインキュベーションオフィスに到着した。電話で来意を告げ、待つことしばし。インキュベーションオフィスの玄関口に出てきたのはみさとだった。
「やあ。追い越しちゃったね」
「斎藤さん。どうされたんですか? 午後からお仕事じゃなかったんですか」
「怖い人のところに静ちゃんを一人でやるのは、やっぱり心配、という建前で、来ちゃった」
「建前?」
「正村が、どんよりしてさ。いたたまれねえ。あ。でも、静ちゃんは、気にしなくていいよ。いい薬になるし、する、って、うちの母親が言ってたし。雨降って地固まるよ。きっと」
そうなってくれなければ、今度は、こちらがどんよりしてしまう。
SO101に入ると、口にしていた缶コーヒーを掲げて、尋道がにやりと出迎える。
「聞きましたよ。武勇伝」
「武勇伝じゃないですよ。結局、何もできずに戻ってきちゃって。郷本さん。すみませんでした。」
「いえ。立派にやってのけてくれましたよ」
「郷さん。きついなあ」
「は?」
尋道の視線に、みさとが射すくめられる。
「目障りな相手を追い出してくれて、ありがとう、とでも取りましたか? 違いますよ。突破力、とでも呼びましょうか。見せていただいたな、と。静さん。どうでしょうね。名目といわず、カラーズで本格的に仕事をしてみては」
午前中の自主トレーニングと、午後遅くに始まる舞姫の練習の間は、どうか。余暇になっているのであれば、考えてみないか。税理士の繁忙期が始まるみさとのファイナンシャル事業部に成り代わって尋道のマネジメント事業部が指導を引き受ける。勧誘の全容だった。
知らず識らずに背筋が、伸びる。尋道の麾下とは。しかし、この辛い上役に仕えることは、成長の機会でもある。
決意を述べかけた瞬間に、
「ちょっと、ちょっと。郷さん。私、一人になっちゃうんですけど」
みさとの抗議だ。
「あくまでも代理ですよ。あなたがカラーズに帰ってきたら静さんはお返しします」
むうん、とみさとがうなった。
「ねえ。郷さん」
「なんでしょう」
「事業部制って、やめません? そもそも神宮寺が事業部制とか言い出したのって、私たちが郷さんの邪魔をしないように、って考えてのことでしょう?」
いやも応も反応はない。ない。半眼、腕組みで尋道は黙然としている。
「今となっては、それで間違いない、と思うんですわ。で、ですよ。社員なんて片手の指で足りるぐらいしかいないのに事業部制でもないでしょう、と。都度、プロジェクトチームを組む、みたいな感じでよくないですか?」
「どうでしょうねえ」
渋い顔に渋い声、だ。
「いいタイミングじゃないですか。郷本社長の名の下で一本化しましょうよ。私、副社長でいいんで、使ってください、って。一人は寂しい。仲間に入れてくださいよ」
ついに尋道の口元がほころんだ。必死の訴えが届いたのだ、と静は、みた。
「わかりました。いい言質も取れましたし、こき使ってあげましょうか」
「あ。罠だったんすか!」
「そういうわけではありませんが、なんにせよ、最強のカードが手に入ったことに変わりはありません。というわけで、斎藤さん。繁多のみぎりとは存じますが、ゴルフ場外交に参加していただきましょうか」
「任せてくださいな」
「それから、旧ファイナンシャル事業部の業務については、さっぱりですので結構ですが、旧マネジメント事業部の業務については、申し送り事項が、相当、ありますので覚悟しておいてください」
「望むところですよ!」
「郷本さん。私も望むところです。郷本さんの下で頑張らせていただきます」
相呼応に乗り遅れぬよう、静も続く。
「ええ。この体制で、神宮寺さんが司法修習から戻られるまで、やっていきましょう」
話はまとまり、みさと発案のときの声がSO101に響く。カラーズ郷本政権の出陣である。




