第七五〇話 花咲人(一五)
何度目、だろうか。運転席のみさとがつぶやく、どうするかな、だ。静のカラーズ加入を周知すること。イラストレーターとしての麻弥をカラーズにつなぎとめること。いずれも善は急げと、まずは舞姫館へ向かう短い道中で、それは繰り返されている。
「斎藤さん。大丈夫ですか?」
静は言った。みさとの心情であり、また運転に対して出てきたせりふだった。
「あ。運転? 集中しろ、って? 大丈夫よ。私の頭と体は別で動くのさ。しかし、どうするかな」
言ったそばから、これだ。
「重い宿題になったよ」
「何が、ですか?」
「さっさと次の目星を付けてるあたり、郷さん、実は、イラストレーターとしても正村を買ってないよね。そんな郷さんを、神宮寺は絶対的に支持してる。放っておいたら、確実に、さよならだよ」
一方、とみさとは続けた。
「カラーズにとって大切な存在の静ちゃんは、正村がほっぽり出されるのを望んでいない。悩ましいよね。舵取り」
静に向けられたわけではなく自問自答らしい。
「いや。それ以前に、さ。うちの母親は、文字どおり、完全に、カラーズと縁を切らせるつもりなのか。あと、正村は、むくれてないか。あいつ、意外にがきだし」
チェックポイントは多岐にわたる。行き着くところは、
「どうするかな」
となるそうな。
そうこうするうちに車は舞姫館へ到着した。静の感心したことには、みさと、先ほどまでの煩悶はどこへやら、べらべら静のカラーズ入りを吹いてみせる。頭と体は別で動く、と言ったせりふにうそ偽りはなかったようだった。達者だった。
「これぐらいかな。よし。静ちゃん。次に行こう。中村さん。シーズンの直前に申し訳ありません。今日一日で済ませますので」
次、は舞姫にまつわる現実の数字を知る、という名目で斎藤英明税理士事務所だ。実際に行うのは麻弥たちとの交渉だが、界隈の財務を一手に世話する同所での研修は、隠れみのとして、うってつけだった。
「どうするかな」
またぞろである。反応のしようがないので黙っていると、みさとは勝手に進行していく。
「やっぱり、お金、しかないかな」
「お金、ですか?」
「うん。今までは内製ってことで、あいつの取り分も、あまり多くしてなかったんだけど、大幅に増やしてオファーする。目の色が変わるような額を、ね。うちの母親には、大して払ってるわけでもないんだし、副業としてイラストレーターを認めてやって、って言う。で、最終的な鍵は静ちゃんさ」
「え!?」
何が、鍵なのか。静の真情だ。麻弥の才能を惜しむ、その思いを、ありったけの力でぶつけよ、とみさとは言ってきた。
「無理ですよ。そんな、私」
「なんでさ」
「お姉ちゃんに言われたんです。お人好しで、顔に出るから、人をだますのに向いてない、って」
「問題なし。今回は人をだますわけじゃないんだし。うってつけよ」
「でも」
「正村を見捨てるの?」
伸びてきた手が、静の太ももを、ぱんぱんとたたく。
「なんで私だけに押し付けるんですか! 斎藤さんも手伝ってくださいよ!」
「もちろん手伝うけど、ね。私なんて、もう、仕方ない、って諦めてた口だし。やっぱり、鍵は静ちゃんになるよ」
「そうだったんですか?」
車中に大きな嘆息が満ち満ちる。
「だいぶ前からね。乗りが、違うんだよ。カラーズの中で、あいつ、一人だけ。神宮寺と私は、いけいけどんどんでしょう。郷さんと高遠さんは、基本的におとなしめだけど、でも、いざとなったら私たちに合わせられる。で、あいつだけよ。うちの母親は苦労性って表現してたけど、求められてないんだよ、カラーズには。そういうの」
毛色の違いは珍重してしかるべきではないのか。発した擁護は、即座に跳ね返された。ことワンマン企業においては社風といったらボスの気質と同義。して、当社のボスは君のお姉さまであるぞよ、と。
静、声もなし。




