第七四八話 花咲人(一三)
二人分のコーヒーを淹れて、一方を尋道に供す。しかる後に孝子はダイニングテーブルに着いた。尋道とは差し向かいの位置だ。聞きの態勢に入る。
「気になるのは、完全に縁を切らせる、という副所長さんの言葉の範囲、ですよね」
促されるままに尋道は語りだした。
「グラフィックシャツも含めて、となると、影響は大きくなりそうだ」
カラーズの主力商品、「カラーズグラフィックT」は麻弥の手によるものである。
「あと、副所長さんの意向以前に、正村さんから願い下げを通告される可能性もありますし」
麻弥がカラーズに対して恨めしい感情を抱く可能性を尋道は指摘している。
「どうするの」
「正村さんのイラストは好きなんですけどね。別のイラストレーターを立てる必要性が出てくるかもしれません」
「具体的に」
「まだ何も。事態の進展が見えていませんし。正村さんが続けられるなら、それが一番なわけで」
「そんなはずない」
この男が、まだ何も、の段階で口の端に掛けてくるはずがなかった。
「まあ、そうなんですが」
「ほら、みろ」
「お二方、いいな、と思うイラストレーターさんがいらっしゃいましてね」
スマートフォンが差し出されてきた。写実的なイラストと抽象的なイラストが交互に示される。
「踏襲か、変革か、ですか」
写実的だった麻弥の路線を引き継ぐか、思い切って変え改めるか、と尋道は言っているのだ。
対照的なイラストを見比べているうちにドアホンが鳴った。
「出ないんですか?」
無視していると尋道が喚起してきた。
「出ていいよ」
「出ませんよ。こちらの人間じゃないのに」
今度はスマートフォンだ。着信を拒否すると抗議の声が届いた。
「それ、僕のスマホだって、わかってます?」
「わかってるよ。勝手に切ってもいい相手だったの。ミサ公。出て。きっと鍵だ」
「先ほども言いましたけど、部外者なんですがね、僕は。この家の」
ぶつぶつ言いながら尋道は席を立った。直に、
「こらー!」
と大声とともにみさとがDKに押し入ってきた。
「切るなよ!」
「うるせえ。取り込み中だったんだよ」
再び検分に戻っていた孝子は顔も上げない。
「何をしてたのさ」
「神宮寺さん。それより静さんがいらっしゃってますよ」
みさとに加えて静まで居合わせる状況だった。イラストレーターの件は、ひとまず打ち切りたかったのだろうが、構うものではない。
「郷本君よ。私は、こっちの人が好きだな」
孝子が示したのは抽象的なイラストのほうであった。
「何さ。なんの話?」
「マヤ公の後釜」
「ちょっと! 話、先に進めないで、って言ったでしょう!」
憤慨するみさとの叫声に、事情を知らぬ静の困惑に、とDKはひとしきり騒がしい。
「決まってませんよ。一切、何事も決まってませんし、近々に決まる予定もありません。口外をなさらないように。はい。この話は、終わり」
ぴしゃりとやられた。進展が見込めなくなったので、孝子は次に移る。
「剣崎さんとの関係のほうは?」
のけ反った尋道は、沈思を経て、口を開いた。
「お二人とも、座ってください。で、疑義があっても、口を挟まないように。説明は、後ほど」
この言で場は収まって再開だ。
「神宮寺さん。簡単な話ですよ。正村さんと縁遠くなった場合、剣崎さんとも縁遠くなる可能性がある、というだけの」
同棲する恋人同士の麻弥と剣崎なのである。
「そうなったら、どうするの」
「ならない、とは思っていますが。剣崎さんはプロフェッショナルなのでね。ただ、残念ながら、となったときには、義兄を押させていただきましょう」
義兄、の一言に、孝子は噴出だ。
「いいよ。むしろ何も起こらなくてもリューイチ・セキを使えばいい」
「それは、いけません。力量に雲泥の差があります」
双方、起きてほしくない事態だが、より深刻なのは後者。注視していくので報告を待ってほしい、と尋道はまとめた。よかろう、と孝子は承認する。次だ。次は、愚妹だ。みさとは、どのようにまとめてきたか。こちらも、お手並み拝見を決め込む。




