第七四七話 花咲人(一二)
週の明けた朝だ。「本家」に居候する美鈴とアーティが連れ立って出ていった。舞姫に参加するLBA勢は、チームの全体練習と別口で自主トレーニングを行う。過ぎた日の疲れを拭うための、また、来るべき次に備えるための、である。
二人を送り出した孝子が、DKで朝食の後片付けに取り掛かろうか、とした時になる。
「おーい。たーちゃん」
美鈴の声がした。ひょいと廊下に顔を出せば、玄関にいた。
「どうした」
「スーちゃんが、行かない、って言ってるぞ。行きづらい、って」
LBA勢の自主トレーニングには、当然、「新家」の静も参加する。行きづらい、とは、尋道の深謀を知った故、か。
「放っておけばいい」
「そういうわけにもいかないだろー」
「いくよ。へなちょこ。いっそ辞めてしまえ、って言ってやれ」
惰弱を孝子は嫌う。
「えー」
「言いにくいのか? なら私が言ってやろうか?」
一歩を踏み出すと、美鈴は三歩も引いた。
「わかった。言う。言うよ。じゃあ、行ってくる」
好人物の美鈴のことである。どうせ言えないだろう。孝子は見切っていた。よって、自ら、言う。朝食の後片付けも早々に出撃した。目指すは「新家」になる。ごねて、結局、動いていない、と孝子は静を読んでいた。
外に出ると、静が日頃、運転している美幸の車、および美鈴が運転している美咲の車が、共に、依然、あった。「新家」でぐにゃぐにゃやっているに違いない。愚妹。予想どおりではないか。一歩を踏み出したところへ、神宮寺家の西門に動きだ。開いた電動ゲートを通って、マリンブルーの車と巨大な黒い車とが、相次いで乗り入れてきた。
「あれ。なんか、機嫌悪そう」
降り立ったみさとが、おどけた声を上げた。
「そういうお前はご機嫌だな。壁女」
反省と改善を明るく宣誓し、カラーズに舞い戻ってきた「双璧」の一を、孝子は評した。
「そうでもない。多少、沈んでいるよ。空元気? あ。しばらく置いて。時間つぶし」
「何があったの」
「その前に。車、お返しします。お土産は、斎藤さんが配ってくださるそうです」
尋道が割って入ってきた。広山の送迎および土産の配達という名目で、伊央の車を乗って帰っていた彼だった。
「では」
立ち去ろうとする尋道を孝子は引っ捕らえた。
「逃げるなよ」
「離してください。あちらも、こちらも、重そうで。ごめん被りたい」
「私のほうは重くないよ。で、みさとは、なんなの。取りあえず、中に入れ」
場は「本家」のDKに移った。
「ロン君。助けてくださいよ」
あてがったロンドを抱えて、尋道がうるさい。
「まずは、重くない話からしようか」
無視して孝子は仕切る。
「ちょっと待って。お湯が、まだ」
キッチンに立ち、コーヒーの準備に取り掛かっていたみさとが、振り返って言った。
「ながらでいいよ。本当に大した話じゃない」
構わずへなちょこについて言及すれば、
「ほう。そんなことが」
昨晩からの流れを知った尋道がつぶやいた。
「ほう、じゃないよ。君が来てたら、もっとひどいありさまになってたでしょうに」
「否定はしませんが」
「考えてみたら、そのほうがよかったかもね。そうすれば、スー公、昨日の時点で辞めてたかもしれないし」
「この二人、怖いよ」
身震いの身振り手振りを、みさとがしてみせた。
「で、どうするのさ」
「何が」
「静ちゃんに、言うの? よかったら、私に任せてくれない?」
お節介を焼きたいらしい。視線を外すと、尋道がロンドをあやしながら、小さくうなずいている。任せてみよ、というのか。
「いいけど」
「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ。あ。火、よろしく。それと、話、進めないでね」
みさとの後を受けて、孝子はキッチンに立った。お湯が沸き立つには、今少しの間が必要そうなあんばいである。
「あの女のほうは、何があったの?」
「斎藤さん、話は進めないで、とおっしゃっていましたが」
「オーケーしてない。あの人、返事をする前に出ていったでしょう」
「わかりました。正村さんですね。斎藤さんのところに出向ではなく正社員です。もう無理でしょう、と。副所長さんが、カラーズとは完全に縁を切らせる、と断を下されたよう。今ごろ、面談しているはず、とか。斎藤さん。さすがに居合わせたくなくて、お土産を口実に半休を取ったそうですよ」
「ふうん。何かと思えば大して重くもなかった」
不見識の側にこそ罪はある。麻弥の自業自得だ。そう、孝子は断じた。
「大体、あの人、前に切り捨てようとしたじゃないの。マヤ公を」
「あなたと違って、あちらは、まっとうな人間なんです。揺れることだって、それは、ありますよ」
同類の冷血が何をほざくか。聞いてあきれる。
「失敬な。僕は僕なりに今回の件を重く受け止めていますよ」
「うそばっかり」
「本当です。グラフィックシャツとか。剣崎さんとの今後とか。どう動くのかな、と」
うそ、ではなかったか。が、同時に、そんなこったろう、と思った、となる。孝子の腹心たる、この詐欺師めが、人並みの感傷を訴えるはずはなかった。引き続き、それら二件についての、分析と立案を聞くことにする。はてさて、何を言い出してくるやら。お手並み拝見だ。




