第七四六話 花咲人(一一)
鼻歌交じりに帰宅し、そのままDKに突入すれば、食後のだんらんか、集っていた家族からいぶかしげな視線を向けられたのも自然といえた。しかし、みさとは意に介さず、手にしていた土産入りのビニール袋をダイニングテーブル上に放る。
「食え、食えーい」
「あら。ご機嫌」
母のかなえがつぶやく。
「最近、ちょっとご機嫌斜めだったのにね」
続いた所感は弟の慎だ。母譲りの派手な容姿を誇る姉と、父譲りの安穏な風采を持つ弟という、似ない姉弟である。
「何も言わずに朝っぱらから、こんな時間まで行方不明だってことと関係があるのかな」
やんわりとした父、英明の叱声を受けて、みさとは首をすくめた。
「いや。急な仕事だったもので」
「一報を入れるぐらいはできたはずだね」
「それが、ちょっと有頂天になってまして、ね。忘れてた。ごめんなさい」
午前六時前に家を出て、午後八時過ぎまでほっつき歩いていた身だ。これ以上の言い訳は悪手だろう。引くべきである。
「岩花に行っていたのか。でも、車は、置きっぱなしだったね。誰かと一緒に?」
ビニール袋の中身を透かして英明が言った。
「郷さん。朝、電話があって、シェリルとアーさまを岩花に案内するんで、同道しないか、って。まあ、ちょっと長くなるんで、おまんじゅうでも食べながら聞いてよ。慎。適当に出しておいて」
弟に命じておいて、自分は茶の用意に掛かる。調ったところで、小粒のやつを、一つ、また一つ、とやって、開始だ。
「郷さんが、二人を案内したのは、アピールよね。日本の。恒久的に二人との縁が続いてほしいんで、っていう」
「で、それと、みさととの関係は?」
珍しく英明の追求が続く。行方不明が響いている。
「岩花の件なら、こっちを通さないと、って配慮だよ。郷さんの。あと、私が、多分、膨れてると思うんで、そのフォローを、って」
ご機嫌斜めだったり、膨れていたり、というのは、訳もわからぬままにカラーズへより追放されたためだった。
「郷本君は、どんなフォローを?」
「うん。あの、私と正村が、カラーズに帰ってこなくていい、ってなった理由を、多分、正確に把握できないと思うんで、その説明を、なんてね」
「そういえば、いきなりだったんだっけ。神宮寺さんがかなえさんに、二人は返さなくていい、って」
「ええ。明らかに、あの子、不機嫌だったし。私としては大歓迎だったし。で。詳しくは聞かなかったわね」
「あれ、正村のせい。いや、まあ、あいつだけのせい、って言ったら言い過ぎか。あいつが九、私が一。ちょっと待ってね」
みさとは取り出したスマートフォンを操作し、三人に示した。画面に表示させたのは、いつぞや尋道が借り出してきたスポーツカーだ。
「ヴァッケンローダーじゃない。どうしたの、これ」
のぞき込んだかなえが問うてきた。手を出していたまんじゅうを片付けるまでの猶予を願って、一つ、食べ終わったところで返答する。
「郷さんがAsterisk.の羽佐間さんから借りてきてくれた」
「彼も手広いね」
みさとは手を打った。
「お母さん。それよ。それでいいのよ」
「何が」
「あの人なら、それぐらいできても不思議じゃない、って評価でしょう。今のコメントは。で、ね。今と同じシチュエーションで、正村、なんて言ったと思う? なんで、あいつが、よ。これで、神宮寺、爆発。確かに、直後だった」
「でも、それって、郷本君に限った話じゃないでしょう。あの子、誰にでも、似たようなことを言うじゃない。苦労性というか」
「相手が悪い。絶対女王が重用している人に疑念を抱くって、イコール、絶対女王にけんかを売ってるようなものでしょうよ。加えて、間が悪かったよね。郷さんが社長に就任したばかりだったし。こんな不心得者がいると、やりづらいだろう、って。神宮寺が罰点を食らわせたのよ」
「みさとは? みさとは、郷本君を、かなり買ってるよね。別件かい?」
「そのとおり」
父の推理をみさとは称揚した。
「私は、逆に、郷さんを買いかぶり過ぎ、って。主に、体力面で。短時間なら互角にやり合えるだろうけど、少し時間が延びたら、もう、付いていけなくなるし。こんな元気者がいると、やりづらいだろう、って」
というわけで、とみさとは一息入れ、次の瞬間に、右腕を高く突き上げた。
「カラーズの『両輪』は解散。これからはカラーズの『双璧』がまかり通る」
片やの動きに片やの動きが影響されざるを得ない「両輪」とは違う。双方が確固たる存在となる「双璧」だ。恐れ入ったか、と決めたつもりも、『双璧』以前に『両輪』がカラーズ内でしか通じない用語だったため、説明の労を執らねばならなかったのは、みさと、なんとも締まらない始末であった。




