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9/15

死の3時間


眠っていた。

深く、夢も見ない眠りだった。

そして、カウントダウンは終わった。

【SYSTEM】

デイリークエスト「力の増強に努めよ」

結果:失敗

罰則を執行します。



その画面を、俺は見ていなかった。

まだ眠りの底にいた俺の体を、ベッドの振動が揺さぶり始めた。

ベッド脇の点滴スタンドが激しく揺れる。窓が、枠の中でガタガタと鳴った。

飛び起きた。

「な、なんだ!?」

地震か?

考えている暇はなかった。

照明が、一斉に消えた。



そして闇が、部屋ごと俺を呑み込んだ。

▽

湿気。

濡れた土と、腐った落ち葉の臭い。

目を開けた。

木々。

見上げても空の見えない巨木の幹が、何本もそびえている。枝の隙間から、薄暗い光がわずかに漏れていた。

「森……?」

冷たい地面に座り込んでいた。手には、泥がべっとりと張りついている。

「どういうことだ? 夢か? さっきまで病院にいたはずだろ……?」

いや。



泥の感触は本物だ。

この冷たさも、本物だ。

そのとき、何かを感じた。

首筋に、生温かい息。

ゆっくりと。

重く。

体が凍りついた。

じりじりと、首を回す。

背後を覆う、巨大な影。

そして、こちらをじっと見据える二つの黄色い瞳。

虎だ。



これまで見たどんな虎よりもでかい。口から長い牙が垂れ下がり、その先から緑色の液体が滴って、足元の草を焼いていた。

【SYSTEM】

対象:毒牙の森虎

続けて、別の画面が目の前に現れた。

【SYSTEM】

罰則クエスト:生存

目標:3時間、生き延びよ

残り時間:02:59:59

カウントダウンが、始まった。

「嘘だろ……」

声が震えた。

「こんなの、ありえない!」



虎が、低く唸った。

▽

その頃、病院では。

一人の看護師が、病室のドアを開けた。患者の様子を確認するために。

ベッドは、空だった。

布団は脇にめくれ、枕にはまだ頭の跡が残っている。

「……?」

廊下から、もう一人の看護師がやってきた。

「どうしたの?」


「この部屋の患者さんが……いないの」

▽

走っていた。

全力で。

枝が顔を打ち、石が裸足の足裏を裂く。叫び声が、自分の意思とは関係なく口から漏れていた。

背後で、疲れ知らずの爪が地面を揺らしている。

目の前に浮かぶ画面に目をやった。

【SYSTEM】

残り時間:01:02:37

「一時間……くらい……」

一時間。

肺に空気が残っていたら、笑っていたかもしれない。



病院では、二人の看護師が全階、全廊下、全部屋を捜し回っていた。

誰も、見つからない。

▽

肺が燃えている。

比喩じゃない。

息を吸うたびに炭火が流れ込んでくるようで、吐くたびに血の味が混じった。

涙が、止まらない。

「もう……無理だ……」

自分に言ったのか、誰かに言ったのか。

誰も答えなかった。



誰も、透明人間には答えない。

罰則クエストの中でさえ。

【SYSTEM】

残り時間:00:00:10

十秒。

たった、十秒。

あと十秒……。

だが、足はもう何も感じなくなっていた。

突然、目の前に影が滑り込んだ。信じられない速さで。

虎だ。



俺の行く手を、塞いだ。

口が、開いていくのが見えた。

ずらりと並ぶ牙。

緑の液体が顔に滴り落ち、腐った肉の臭いが喉を締め上げる。

9。

8。

動けなかった。

5。

顎が、迫る。

2。

1。

【SYSTEM】

残り時間:00:00:00

▽

体が、硬い地面に叩きつけられた。

タイル。

冷たく。

清潔な。

喘いだ。

数分間水に潜っていた人間が、ようやく水面に出たような呼吸だった。



部屋だ。

病室。

照明はついている。窓は閉まっている。すべてが元の場所にある。

ただ一つ、俺だけを除いて。

両足は泥にまみれ、病院着には千切れた葉っぱが貼りついていた。

【MISSION CLEAR】

罰則クエスト「生存」を達成しました。

報酬を獲得しました。

画面を凝視した。

「罰則……クエスト……?」

最後まで言えなかった。

すべてが、溶けていく。

▽

俺を呑み込む闇の中で、最後の画面がちらりと見えた。

【SYSTEM】

罰則クエスト「生存」の報酬を確認しますか?

はい/いいえ

そして、ドアが開く音が聞こえた。

慌ただしい足音。

「黒崎さん!」

「黒崎さん、大丈夫ですか!?」


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