ダンジョンチケット
俺は、病院の庭を走っていた。
一周、また一周。
息は途切れ途切れに漏れ、汗が白い病院着を濡らし、両脚が悲鳴を上げている。
走り終えると、いちばん近くのベンチまで体を引きずっていき、崩れ落ちるように座り込んだ。
腕立て伏せ百回。
腹筋百回。
スクワット百回。
そして、十キロのランニング。
毎日だ。
選択肢はなかった。
あの虎の教訓を、二度も味わうつもりはない。
「今日で……目が覚めてから四日目か……」
息を切らしながら、そう呟いた。
「いくつか、分かったことがある」
顔を上げる。
三つの黒い画面が、目の前の空中に浮かんでいた。
「まず一つ目。今、目に映ってるこれは、幻なんかじゃない」
【MISSION CLEAR】
デイリークエスト「力の増強に努めよ」を達成しました。
報酬を獲得しました。
① 完全回復
② スキルポイント +3
③ ダンジョンチケット ×1
受け取りますか?
はい/いいえ
「デイリークエストをこなせば……報酬が三つ、手に入るってわけか」
唾を飲み込んだ。
「……はい」
その瞬間、体から温かな緑色のオーラが立ち上った。
筋肉に、肺に、数秒前まで燃えるように痛んでいた両足に、それが染み渡っていく。
ゆっくりと両手を動かした。
「……疲れが、一瞬で消えた」
痛みがない。
重さもない。
まるで、最初から走っていなかったかのようだ。
「次は……スキルポイントか」
別の画面が現れた。
【SYSTEM】
名前:黒崎ミナト
レベル:1
HP:100
MP:30
STR:10
DEF:10
AGI:10
スキルポイント:3
ゴールド:0
三ポイント。
好きな能力に振り分けていいらしい。
少し考えた。
「贅沢を選べるほど強くもないしな……筋力にしとくか」
【SYSTEM】
STR:10 → 13
スキルポイント:0
拳を握り、上腕の筋肉に触れてみる。
「……本当に、力が増した気がする」
本物だ。
幻なんかじゃない。
他にも画面はあった。スキル用と、アイテム保管用のもの。まだ開いてはいない。
今の俺は、この奇妙な現象の言いなりだ。
笑みがこぼれた。
「まるでゲームだな」
そのとき、視線に気づいた。
ベンチに座る入院患者たち。
入口に立つ看護師。
瞬きもせずこちらを見つめている、一人の老人。
くそ。
こいつらには、この画面が見えないんだった。
あいつらから見れば、病院の若い男が、空中に向かって一人で喋って、笑っているだけだ。
頭に手を当て、乾いた笑いをこぼした。
透明人間の俺が、ついにみんなの目に映った。
頭のおかしい奴として。
▽
病室のベッドに、腰かけていた。
最後の報酬を眺める。
ダンジョンチケット。
それを意識した瞬間、両手の間に黒いチケットが現れた。
軽い。触れると、ひんやりと冷たい。
「これまでは、いつも普通のチケットばかりだったのにな。店の割引券、電車の切符、映画のチケット……」
指の間で裏返してみる。
「だが、これは……妙だな」
目の前に、画面が現れた。
【SYSTEM】
ダンジョンチケット ×1
仮想ダンジョンへの転移
特別ダンジョンを開く
[ここにチケットを置いてください]
黒いチケットを、画面の上に置いた。
【SYSTEM】
アイテムを認識しました。
ダンジョンチケット ×1
チケットは消費されます。
ダンジョンを開きますか?
はい/いいえ
迷いは、あまりなかった。
「はい」
【SYSTEM】
ダンジョンチケットを起動しました。
ゲートを生成中……
3
2
1
ゲートが開きました。
目の前の壁が、裂けた。
黒い穴。
周囲の光を、呑み込んでいる。
立ち上がった。
「この中に……入るべきなのか?」
穴を見つめる。
他に選択肢はない。
引き返す道も。
ゆっくりとした足取りで、最後のためらいもなく、俺は中へと踏み込んだ。




