Eランクの初戦
黒い穴から、よろめきながら抜け出した。
冷たい岩の地面が、両膝を受け止める。
顔を上げた。
洞窟だ。
湿った石の壁。どこか遠くから響く水滴の音。そして、地面そのものから淡く青い光が滲み出す以外、あらゆる方向に広がる闇。
【SYSTEM】
仮想ダンジョンに入りました。
背後の扉は、消えていた。
あっさりと。
音もなく、跡形もなく。
素早く振り返る。
何もない。
さっきまで黒い穴があった場所には、ただの硬い岩壁があるだけだった。
「……とんだ災難だな」
石の壁に手を這わせながら、亀裂や隙間を探す。
「閉じ込められたってわけか。出口くらい、あるんだろうな?」
【SYSTEM】
このダンジョンから退出することはできません。
ボスを討伐するか、緊急転移石を使用してください。
「緊急転移石?」
かすれた声で繰り返した。
「なんだよ、それ」
自分の空っぽの両手を見つめる。
「つまり……ボスを倒さない限り、ここから出られないってことか?」
笑った。
乾いた笑い。面白さの欠片もない。
「俺みたいな、最底辺のEランクが、たった一人でダンジョンを攻略しろって?」
不可能な要求だ。
「しかもパーティーなし? マジかよ」
手のひらを見つめる。
「ボスを……一人で倒せって?」
顔を上げ、目の前に広がる闇を見据えた。
「他に選択肢はない、ってことか」
歩き出した。
一歩。
また一歩。
「どうすればいい……」
自分に、そう囁いた。
「自信が、なくなってきた」
突然。
すぐ横の岩が、粉々に砕け散った。
驚いて、後ろへ跳びのく。
土煙の中から、何かが現れた。
狼だ。
炭のように黒く、闇の中で赤く光る両目。洞窟の淡い光を反射する長い牙。
動こうとした。
両脚が、言うことを聞かない。
呆然と、下を見た。
「足が……動かない? なんでだ」
膝が震える。
「……恐怖のせいか、これは」
脳裏に、一瞬の映像がよぎった。
短剣。血。冷たい目でこちらを見下ろすクラスメイトたちの顔。
「トラウマなんてないと思ってたのに!」
狼が、飛びかかってきた。
予想もしていなかった速さで。
目の前で跳躍し、開いた顎が頭部へと迫る。
反射的に、かろうじて体が動いた。
首を、わずかに傾ける。
だが、爪が頬をかすめた。
鋭い痛み。
傷口に手を当てる。指の間から、血が温かく流れ出すのを感じた。
再び態勢を整える狼を見つめる。
「……回復役なんて、いない」
声が震えていた。
「これ以上深い傷を負ったら……俺は終わりだ」
狼が、吠えた。
洞窟全体を震わせる、長い咆哮。
そして再び突進し、宙へと跳んだ。
爪が、胸に触れる寸前——
横に跳んだ。
これまで感じたことのない軽さで。
攻撃をかわし、地面を転がる。
「……体が、軽い?」
考える暇はなかった。
狼はすぐさま向き直り、再び突っ込んでくる。
なんとか、両足で立ち上がった。
「ギリギリ、生き延びたな……」
拳を、強く握りしめる。
「もう二度と、恐怖に支配されてたまるか!」
狼が、襲いかかる。
叫びながら、溜め込んだ怒りのすべてを込めて、拳をその頭部へと叩き込んだ。
「そう簡単に死んでたまるかよ!」
拳が、顎に命中した。
ゴッ。
狼の体が宙を舞い、洞窟の壁に激しく叩きつけられた。
震える拳を、見つめる。
「……これが、筋力が上がったってことか」
土煙の中から、狼が立ち上がった。
頭を振り、さっきよりも凶暴な目でこちらを睨みつける。
「だが……」
唾を飲み込む。
「それでも、俺より強い」
狼が、再び突進してきた。
今度は、退かなかった。
拳を、もう一発。さらにもう一発。
何度も拳を叩き込んだ。だが——
「効いてない……」
想像以上に、その体は硬かった。
狼が最後の突進を仕掛けてくる。素早く、横へと身をかわした。
狼は壁に激突し、凄まじい衝撃で岩が震えた。
肩で息をしながら、それを見つめる。頬からは、まだ血が流れ続けていた。
「……どうすればいい」




