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俺は、ここで死んだ


「魔法陣の中央に立て、黒崎ミナト」

女神の声は、いつも通り穏やかだった。

一切の迷いもなく。



地面に描かれた魔法陣を見つめる。

淡い青色に光る線。

何が起きているのか、理解できなかった。

理解できなかった——女神が、桜井、黒沢、森山、篠宮、天野姉妹の前に、六本の短剣を並べるまでは。


「殺しなさい」

女神は、それだけを言った。

まるで、コップ一杯の水を頼むかのように。

「……は?」

俺に言えたのは、それだけだった。

「待てよ!」

真っ先に異を唱えたのは、他でもない黒沢だった。



「奴隷を殺すときだって、理由くらいあるだろうが! いったい何なんだよ、それは!」

女神が、彼を見た。

たった一瞥。

赤い両目。温かみの欠片もない。

「彼は、あなた方にとってただの重荷です。取るに足らない能力しか持っていません」

黒沢は、一瞬黙り込んだ。

それから、歪んだ笑みを浮かべる。


「ああ……そういうことか」

それだけか?

そんなに簡単に?

叫びたかった。

逃げ出したかった。

だが、体が動かない。

まるで、両足が魔法陣に縫い付けられているかのようだった。



先に動いたのは、森山だった。

短剣が、その手の中で震えていた。

いや、震えていたのは——俺の目の方だったのかもしれない。

「なあ、ミナト」

見たことのない笑みを浮かべて。

「弱肉強食ってやつだよ」

短剣が、俺の腹に突き刺さった。

……。

痛み。

本物の痛みだった。

痛みがこれほどのものだとは、知らなかった。

刺された場所から、熱が広がっていく。

そして、冷たさが訪れる。

下を見た。



血。

俺自身の血だった。

腹から流れ出て、白い学生服を染め、地面へと滴り落ちていく。

「……なんで」

声は、囁きにしかならなかった。

森山が短剣を引き抜く。

そして、後ろへと下がった。

すぐ後に、黒沢が来た。

一言もなく。

理由もなく。

ただ——もう一突き。

今度は、肩だった。

膝から崩れ落ちる。

痛みは、もう耐えられる限界を超えていた。



息をするたびに、刃物で胸を切り裂かれているようだった。

その後に、天野姉妹が近づいてきた。

静かに。

表情ひとつ変えず。

「罪悪感を覚える必要はないわ。これは、私たちが受け入れるべき現実の一部にすぎないもの。そうよね、リョウカ」

「……うん、お姉ちゃん」

二人が、同時に俺を刺した。

一人は脇腹に。

もう一人は腕に。

もう、どこからどこまでが痛みなのか、分からなくなっていた。



音が、遠のいていく。

まるで、水の中で聞いているかのように。

泣いている女子の声。

誰かが嘔吐する音。

そして、霧崎がつぶやく声。

「私には……介入できない……これは女神様のご命令だ……」

臆病者。

こんな時になってもなお、こいつは臆病者のままだった。



最後に、桜井が来た。

一瞬、俺を見つめる。

その目に、怒りはなかった。

憐れみもなかった。

何もなかった。

「悪いね、黒崎くん。僕にできるのは、これだけだ」

素早い一突き。

静かで。

一切の迷いもなく。

俺は、完全に地面へと崩れ落ちた。

血が、下の石畳を覆っていく。

呼吸は、途切れ途切れになっていた。

下から、クラスメイトたちの顔が見えた。



泣いている者もいる。

そして、まったく気にも留めていないように見える者もいた。

まるで、映画でも観ているかのように。

残るは、篠宮だけだった。

彼女は、少し離れた場所に立っていた。

両手が、震えている。

「わ、私……」

「篠宮さん、あなたの番です」

女神が、命令口調でそう言った。

篠宮が、一歩前へ出る。

そして、止まった。

もう一歩。



俺を見つめる。

その瞳の中に、何かがあった。

痛みか?

憐れみか?

「これは、私からの慈悲だと思いなさい」

女神は、穏やかな声でそう言った。

そして、背を向けた。

まるで、彼女にとってはもう終わったことだ、とでも言うように。



「教えてくれ」

それが、俺が発することのできた最後の言葉だった。

女神が、足を止めた。

わずかに、首をこちらへ向ける。

俺を見た。

「あんたも……あんたらAランクやSランクの連中も……」

声が、消えかけていた。

「……血を流すのか?」

答えはなかった。

微笑みもしなかった。



その表情は、髪の毛一本ほども動かなかった。

ただ、何も聞こえなかったかのように、歩き去っていく。

喉に残っていた血を、飲み込む。

そして、残された力を振り絞って、囁いた。

「お前ら全員……いつか血を流すことになる」

誰にも、聞こえなかった。



いや、聞こえていたのかもしれない。誰も、気にも留めなかっただけで。

篠宮が、短剣を振り上げた。

両手は、まだ震えていた。

「……ごめんなさい」

それが、彼女から聞いた最後の言葉だった。

そして、一瞬の——鋭く、決定的な動きで。

すべてが、止まった。



▽

人間の首は、切断された後も十二秒間、意識を保つという。

本当かどうかは、分からない。

だが、あの瞬間、俺にはすべてが見えていた。

自分の体が、崩れ落ちる。

血が、飛び散る。

黒い扉が、俺の下で開いていく。

そして、俺はその中へと落ちていった。

首は、体から切り離されたまま。

暗闇の中を、落ちていく。

完全な体もないまま。

希望もないまま。

そして、目の前に画面が現れた。


真っ黒な画面。

映画で見るような青色じゃない。

まるで、無そのもののような黒。

『不承諾を選択した場合、0.02秒後に死亡します。承諾しますか?』

笑った。

いや、笑おうとした、というべきか。

黒崎ミナト。

透明な、端っこの人間。

異世界に来てさえ、何者にもなれなかった男。

その死にすら——意味はなかった。

だが……。

「承諾する」

目を閉じた。

暗闇の中で、

俺は死んだ。

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