第8話 あの森で採取・討伐クエストです
北のオフィスビル編 第八話
「あ、やめろ、そっちの黒は、コーヒーではなくて、コーラーだ」
キュ、ぶしゃーーっ!どば、どば、どば・・・・・
蓋をひねった瞬間、炭酸の圧力で盛大に噴き出した黒い液体が、タマの顔面から胸元にかけて見事に直撃した。
「ひゃうっ……!? な、なんですかこれ、甘くてベタベタして、お鼻がツンとしますぅ……っ!」
パニックになりながら、炭酸の泡まみれになって目を白黒させるタマ。おにぎりや総菜パンにはあんなに感動していた彼女だったが、元世界の炭酸飲料の洗礼にはさすがに耐えられなかったようだ。ベタベタになったブラジャーの感触に、タマは半泣きになりながらブルブルと体を震わせる。
「だからブラックは早いって言ったろ……!」
慌ててタオルを差し出す俺をよそに、タマは耐えきれなくなったのか、
「も、もう! ベタベタして気持ち悪いです! 洗ってきますっ!」
そう叫ぶと、タマは全速力でエントランスを飛び出し、そのまま一直線にあの小川のほうへ駆けだしていった。
「おい、待て! 着替えも持ってないだろ……!」
慌ててコンビニの戦利品から替えのブラジャーとパンツ、そしてオフィス用のカーディガンをひっつかみ、俺は小川へと急ぎ足を向けた。
小川のほとりにたどり着くと、そこにいたのは――すべてを脱ぎ捨てて、下着をパシャパシャと洗っていた。
さすがに昨日の今日だ。こちら側は相変わら水流が速く、さすがに飛び込んだりはしていなかった。
「おいタマ、替えの下着とカーディガンな」
息を切らせて差し出すと、タマは目を丸くしてパッと受け取った。
「ありがとうございます、ハヤト様……。あっ、あの亀さんはどこへ行ったのでしょう?」
言われてみれば、昨日の防波堤代わりになってくれたあの巨大亀の姿が、どこにも見当たらない。川辺をぐるりと見回したが、岩陰にもそれらしい影は一切なかった。
(まあ、あいつは魔獣だし、どこかにエサでも探しに行ったのか……?)
「あの……ハヤト様。これ、後ろのフックがどうしても自分ではつけられないのですが……」
そう言って、タマは俺に背中を向け、慣れないブラジャーのホックに悪戦苦闘しながら指先をモソモソと動かしている。
本当なら正しいブラの付け方を教えてやるべきところだが、目の前で無防備に背中を向けられているこの状況は役得だ。俺は、あえて何も言わずにフックをつけてあげた。
ふと、気になっていた疑問が口をついて出る。
「そういえばさ……昨夜からずっとブラとパンツ姿だけど、人目のある場所でそんな恰好をしていて、恥ずかしくないのか?」
俺の問いに、タマはキョトンと首を傾げたあと、胸を張ってこう答えた。
「最初は少し恥ずかしかったですけど……冒険者ギルドでは、女性ばかりのアマゾネスが、こういう布地の少ない格好です。だから、私もこれでも全然問題ありません!」
――アマゾネス。女性だけの戦闘民族。
それを聞いた瞬間、俺は心の底から激しく反省した。
(やべぇ……俺、タマに下着を渡したつもりが、「アマゾネスの戦闘服」と誤解させちまってたのか……!?)
あわてて俺は、冷や汗を流しながら説明した。
「い、いや、待てタマ! それはあくまで『下着』であって、外をその格好で歩くための服じゃないんだ!本来は一番下に着込む隠しパーツであってだな……!」
「……え?」
「つまり、今の格好は、お前が昨日まで着てた、さらしとふんどしの姿と同じということになる!」
それを聞いた瞬間、タマの動きがピタリと止まった。
数秒の沈黙のあと、「下着の意味」を理解したらしい彼女の顔が、トマトよりも真っ赤に染め上がる。
「――きゃああああああっっ!?」
耳をつんざくような悲鳴を上げると、タマは恥ずかしさで、すっ転びそうになりながらパタパタとビルへと一直線に逃げ帰っていのだった。
(やれやれ……服を着せるのすら一苦労だな)
苦笑しながら後を追うようにビルへ戻った。
タマは大きなひざ掛けを頭からすっぽり被って受付カウンターの傍でうずくまっている。その姿に苦笑を向けつつ、俺はふと、受付カウンターの奥にある従業員用の通用口に目を留めた。
「アマノ……受付の裏にある、あの従業員用の扉の向こう側はどうなっているんだ?」
その問いに、アマノは淡々と告げる。
「ただの岩です。扉はただの飾りなので、開きません」
「ご希望なら、【ダンジョンクリエート】で、岩の中に新たなエリアを作成可能です。最高経営責任者(神)は、クリエーティブなビジネスビルをご希望でしたが、内装はマスター好みで好きに創造いただいて問題ありません。異世界や元世界における任意の場所の内装――その構造や意匠を『正確』に模した空間をあらかじめダンジョン内に構築し、そこを『分離部』として同化させる。そうすれば、ありとあらゆる場所へと繋がることができます。ご自宅の内装にそっくりな部屋を、岩の中に創造すれば、ご自宅と行き来も可能です」
一通りの解説を終えると、アマノはカメラアイを微かに明滅させ、小さな電子音を鳴らした。
俺は腕を組んで頭をひねる。
「正確にかあ、自分の部屋がどうなっているかって、覚えてないなー。田舎の自室なら思い出せそうだけどな」
アマノはカメラアイをこちらに向けて言ってくる。
「マスターは、便利な道具をお持ちじゃないですか。スマホというものと、PCというものを」
「そうか! スマホで写真を撮ってきて、PCで図面を起こして、それでイメージを固めて創造すればよいのか!」
アマノはカメラアイを微かに明滅させた。
「では、第一目標は、自宅に帰って内装をスマホで撮ってくることだな。自宅を往復2時間、いや3時間か?」
小さな電子音を鳴らして言ってくる。
「マスター。帰りの分の時間を計算に入れる必要ありません。マスターを転送で呼び寄せることはいつでもできます」
「俺の転送は、緊急でなくても、できるということか!」
「あくまで、マスターだけです。転送に巻き込めるのは、マスターが触れているもの10kgまでです」
「そうか、そうか、なら、自宅まで1時間、写真撮って、あと、手元に置いておきたいもの10kgも選ばないとなー、1時間で足りるかな?」
「マスターは、馬鹿ですねー。欲しいものなら、ダンジョンインテグレートでいつでも取り寄せできます。初めは必要最小限のもので結構です」
「そうか、では、当面の着替えと、貴重品だな。で、何時、行ける?」
アマノはレンズを元に戻して、カメラアイを微かに明滅させた。
「マスター、残念ながら、今のエネルギー備蓄量では、1時間以上の同化の維持はできません。しばらくエネルギー補充に努めてください」
「エネルギー補給って、俺とタマしかいないのに、何時間いや何日かかるんだ?」
「それはご心配なく、生命エネルギーは、生物なら何者でも構いません。さらに、魔物なら魔力も吸収できます。新鮮な死体からは大量のエネルギーが確保できますので、あの森で採取及び討伐をお願いします」
「アマノさん、クエストですね。私、そのクエスト受けます」
頭から被っていたひざ掛けを勢いよく跳ねのけ、目を輝かせて立ち上がった。アマノの『採取及び討伐』という言葉に反応して元気を取り戻したようだ。
「おい、おい、タマ。ここは冒険者ギルドではないのだぞ。でも、クエストはわくわくするな。イッチョ行ってみるか」
「マスター。帰りは強制転移をお望みですか?」
「そうだな、帰りは一つ飛びで、回収を頼む」
「転移にかかるコストは、重量と距離に依存します。お二人分と、取られた獲物の重さを考慮し、距離は、直線で徒歩4時間以内としてください」
「アマノ、社畜の体力を舐めるなよ。徒歩で4時間なんて歩ける訳ないだろう、2時間くらいで回収をお願いします」
「そうですか。でも、収穫はできるだけ多くお願いします。この世界内であれば、異空間に落とす心配は無いので、重量制限はありません」
そう言うとすぐに、アマノは小さな電子音を鳴らすと、【ダンジョンコネクト】の魔法を発動させ、ガラス窓の景色を森に切り替えた。
「出発される前に、現地での注意事項としてこの森の生態系データをお伝えしておきます」
「この森までは、徒歩でおよそ1時間です。森の植生は非常に特殊で、植物系では、捕食植物『ストロング・アイビー』や、知覚麻痺性の胞子を撒き散らす『パラサイト・キノコ』の魔植物が生息します。また、動物系統では、硬質化した外殻を持つ『アーマード・ボア』や、群れで獲物を追い詰める肉食性の魔獣『シャドウ・ウルフ』が主な脅威となります。これらは総じて良質な魔力と生命エネルギーを含有しているため、採取と討伐対象としては最適です」
「……なんか、名前からして全然優しくなさそうなやつばっかだな」
「ハヤト様、私を頼ってください。こう見えて、採取は得意なんです」
「おう、判った。それでは、森に向かって出発―ッ」
(マスターは、タマ様があの森を「死の森」と呼んでおられる意味を判ってないようです)
(続く)




