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異世界召喚株式会社 〜ただの社畜がホワイト経営を狙う〜  作者: 四方 アマノ(しほうのあまの)


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第7話 岩石ダンジョンのすべてを、オフィスビルに作り替えてください

北のオフィスビル編 第七話


――すっと、オフィスの天井の灯りが消えた。


「……今の、まさか……」


慌てて近寄ると、そこに彼の姿はもう無かった。

「……私が、彼の姿を見間違えるはずがない。浦島隼人。私の、たった一人の思い人なんだから」


夜のオフィスで、来未くるみは呆然と残されたコピー紙を見つめていた。視線があった途端に、まるで最初からいなかったかのように彼は消え、足跡すら残っていない。


◇ ◇ ◇


一方、その頃――。

俺は、異世界の1階エントランスロビーへと、放り出されていた。


「ぐはっ……!」

「マスター、おかえりなさいませ。……コピー紙一枚が残りましたが、10kgの重量制限ちょどですね」


アマノの前に戻った俺の手には、ビジネスカバンと、書類を無理やり詰め込んだレジ袋が残されている。だが、そんな戦利品の重みなど今の俺の頭から完全に吹き飛んでいた。


「あ、あまの……俺は、とんでもないところを見られたかもしれない……っ!」


「見られた? 誰にですか?」


「よりによって、直属の上司である向井来未むかい くるみと、完璧に目が合ってしまった。……終わった。完全に、社会的に死亡した……」


冷や汗が背中を伝う。

彼女とは、同期入社だった。新人の頃はペアを組んで、新商品の開発企画を組み立てていた仲だ。外資系に片足を突っ込んだ我が社では、社内プレゼンは英語に限るというルールがあった。だから、帰国子女で英語がペラペラな来未がいつも華々しく発表をこなし、俺は泥臭くその資料作成を担当した。


俺の考えた企画は、大ヒットにはならなかったが、堅実に数字を残し、チームとしての信頼もあった。あの頃は、仕事に純粋なやりがいを感じていた――あの制度が変わるまでは。


数年前、会社の人事制度が大改革された。それまで穏やかな年功序列だったものが、突如として完全な実力主義へと舵を切ったのだ。管理職の登用は、自薦・他薦で候補者が決まり、すべては役員の前でのプレゼン審査一発で決まるとされた。


その時、来未は俺に言ったのだ。『隼人君の企画力は誰にも負けない。だから、あなたこそが管理職になるべきだ』と。彼女に強く背中を押され、俺は渋々ながらも立候補した。なのに――。


蓋を開けてみれば、その年の昇格試験で合格したのは向井来未むかい くるみだった。

そしてあろうことか、俺の直属の上司――ユニット長として抜擢された。

表向きは上司と部下として淡々と仕事をこなしてきたが、彼女に裏切られたような複雑な感情で、俺は彼女を役職名の「向井ユニット長」と距離を置いて呼んでいた。


そんな、一番見られてはならない相手に、深夜のオフィスに忍び込んで、私物とはいえ持ち逃げしようとしている決定的瞬間を、目撃されてしまったのだ。


「……あの、マスター」


頭を抱える俺の前で、インフォメーションロボットのアマノの冷徹な声が響いた。

「何をそんなに絶望していらっしゃるのですか?すでに無断外出中にコンビニでの大量万引き、いまさら目撃者が一人増えようと、マスターの社会的信用におけるダメージは、誤差の範囲内かと存じますが」


「誤差じゃねぇよ!」


「ふっ、何を仰る。すでに異世界召喚株式会社の、ストラクチャー管理者に抜擢されているマスターが、元世界の立場を気に病むなど必要ありません。今日のところは早くお休みになられて、また明日から、このオフィスビル(ストラクチャー)の経営計画の立案をお願いします」


アマノのあまりにドライすぎる論理に、俺はもうツッコミを入れる気力すら湧かなかった。

「……だよなぁ。もうここまで来たら、退職代行でも使ってトンずらするしか……いや、そもそも異世界に居る時点で、普通じゃないんだからな」

開き直り半分、諦め半分で、俺は硬いロビーの床にそのまま倒れ込むようにして目を閉じた。


◇ ◇ ◇


翌朝。

東の空から昇る朝日で、ガラス張りの1階フロア全体が眩しい光に包まれた。

朝日に照らされた荒野の向こうには、昨日の夕方と同じ位置に、半月が空に浮かんでいた。


昨夜の悪夢のような出来事の余韻を引きずりながらも、俺は大きく伸びをして立ち上がる。ふと、目の前のピカピカのエントランスホールを見渡し、疑問が湧き上がった。


「なぁ、アマノ。ずっと気になってたんだが……このビルって、1階のエントランスロビーは、めちゃくちゃリアルで綺麗だけど、このビルの上階や、他の部屋って、いったいどうなっているんだ?」


俺の素朴な問いに、アマノはホログラムの構造図を展開して、平然と言い放った。


「ご説明いたします。ビルの内部や外観は、すべてマスターの脳内にある記憶データに基づき現物と一致させています。――しかし、現在、完全に実体化できているのは、自動ドアのエントランスポーチ、この1階ロビー、そしてエレベーターホールのみです。それ以外の部分は、異世界の岩山のままとなっております。いわゆる、『張りぼて』の状態ですね」


「……は?ハリボテ?」


耳を疑う俺の前で、ホログラムの立体図が赤く点滅する。

そこには、華やかな高層ビルの皮を被りながら、その中身スカスカの骨組みが、ただの険しい岩肌に突き刺さっているという、あまりにもシュールで歪な構造が映し出されていた。


「外見は日本の最先端を行く超高層ビルなのに、壁を剥がしたら、中身はただのゴツゴツした異世界の岩肌むき出しってことかよ!」


リソース不足を補う、極めて合理的な構造だと聞かされ、俺はダンジョンの裏側に隠された、あまりにもシュールすぎる真実にガクリと膝をつくのだった。


「でもご安心ください。マスターが、コアに魔力と生命エネルギーを供給していただければ、マスターの支配範囲は広がり、やがてこの岩石ダンジョンのすべてを、あのエレガントなオフィスビルに作り替えることが出来ます。エネルギーは、生物なら何者からでも吸収できます。現に、お客様第1号様からは、純度の良い生命エネルギーを豊富に頂いています。この調子で、お客様を増やせば、あっという間に完成になるに違いありません」


「お前な……フランチャイズオーナー募集みたいな言い方すんな! 俺は好きでダンジョンの管理人になった訳じゃない」


「しかし、マスター。ダンジョン管理人になったおかげで、あの娘に会えたじゃありませんが、人生は何が起きるか分かりません。犬も歩けば坊に当たるです」


「坊じゃなくて、棒だがな。まあ、犬にとっては、棒は宝物で、幸運にあたるということわざなんだけど、アマノ詳しいな!」


「それほどでも」

「ま、いいだろう。彼女に会えた幸運というのは、あながち間違ってはいないかもな」


噂をすれば影、タマが、元気に近づいてきた。


「ハヤト様、この『ブラジャー』というのは、素晴らしいです。さらしが無くても、胸がつっかえず、動きやすいです。これは革命です。これを街で売り出せば、衣服業界のキングになれます!」


「それは良かった。予備があるから、汚れたら交換しろよ」

「はい、ありがとうございます」


朝食は、コンビニから持って来た、おにぎりや総菜パンをいただいた。タマは目を輝かせながら総菜パンを夢中で頬張り、ふっくらとした口元をソースで少し汚しながら熱弁を振るった。

「ハヤト様、このパンは食の革命です! この『そうざいパン』を街の市場で売り出せば、高級料理店をも凌ぐ大ヒット間違いなしですっ!」


「タマにかかれば、どんな商品も大ヒットだな。だが、商売はそんなに甘くないぞ、気が付けば、別の誰かにパッとさらわれるもんだからな」

遠い目をしながら呟く俺に、タマは総菜パンを頬張ったまま、きょとんと首を傾げた。


「ハヤト様……? その、お仕事のお話ですか?」

「いや、何でもない……。ただの社畜の愚痴だ。ほら、喉が詰まるといけないから、水も飲みな」


「はい!」


話を逸らすように、俺はペットボトルの開け方を説明した。

「こうやってキャップをクルッと回せば簡単に開くんだよ。ほら、飲んでみな」


俺が手本を見せると、タマはおずおずと受け取り、そっと口をつけてから目を丸くした。

「っ……!お 水が、この透明の容器は何ですか?革袋とは違って、お水が臭くなく、しかも軽い」


「それはペットボトルだ。水以外に、お茶や、紅茶、コーヒーもあるぞ」

「こちらの茶色や黒の液体は、飲み物だったのですね。てっきり泥水かと思っていました。では、そのコーヒーというのをください」


「コーヒーか、茶色がカフェオレで、黒い方はブラックだが、ブラックは、タマにはまだ早いなー」


「お言葉ですが、私はこれでも、18歳の成人で、ベテラン冒険者です。この私にまだ早いとはどういう意味ですか。その黒い飲み物をいただきます」


「あ、やめろ、そっちの黒は、コーヒーではなくて、コーラだっ!」


キュ、ブッシャー。とば、どば、どば。


「ぶぇぇぇぇっ!? 出る、出る、止めて―!?」


(続く)

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