第9話 それは高純度の魔力と生命エネルギー含有の希少植物です
北のオフィスビル編 第九話
「あの先に見える森までは、徒歩でおよそ1時間です」
アマノのナビゲートに従い、俺とタマは1階のエントランス自動ドアを抜け、ビルの外へと足を踏み出した。
眼前に広がるのは、見渡す限りの荒野と遠くに見える鬱蒼とした森林地帯だ。
「……にしても、歩いて1時間か。運動不足の社畜の俺に耐えられるかな」
「ハヤト様、しっかりしてください! 私がついていますから!」
背中にコンビニのレジ袋を背負ったタマが、頼もしく胸を叩いてみせる。夜にオフィスから持って来たレジ袋の数枚を器用につなぎ合わせてリュックにしている。さすが異世界冒険者、先ほどの恥ずかしがり屋な一面から打って変わり、堂々としたベテラン冒険者の雰囲気を醸し出していた。――もっとも、その上半身はブラジャーの上から男物のTシャツを着た、何ともアンバランスな格好なのだが。
「お、おいタマ、やっぱり荷物は俺が持つよ。重くないか?」
「大丈夫です! 重い荷物なんてヘッチャラです。力とスピードには自信があります!」
そう言ってニコッと微笑むタマを横目に、俺たちはざりざりと足音を響かせながら、目的の森へ向かって歩き始めた。
◇ ◇ ◇
歩き始めてからおよそ50分。
最初のうちは軽口を叩き合っていられたものの、草むらの荒野を延々と歩かされるのは、想像以上に足腰にきた。
「はぁ、はぁ……足が、もう限界だ……。アマノ、本当にあと10分か?」
「マスター、正確にはあと8分です。体力のなさは予測しておりましたが、ここまでとは……」
脳内で淡々と突っ込んでくるアマノに悪態をつきそうになったその時、目の前の景色が変わった。
草原が途切れ、空を覆う樹冠が日光を遮る。想像以上に高い木々に圧倒される。周囲の温度が少し下がったように思えた。
「……ようやく着いた。タマ、一旦ここで休憩しよう」
ふと、歩みを緩めた俺の視線の先に、「布きれ」が落ちていることに気が付いた。
「おい、あれって……」
「あっ……!」
タマも気づき、「布きれ」に駆け寄る。
「これは、あのとき私が……巨大亀に追いかけられたときに投げ捨てた、上着です。私は、このあたりから草むらの中に入ったんですね。」
「その上着のポケット……なんだか、パンパンに膨らんでないか?」
胸元や両側のポケットが、まるでテニスボールを詰め込んだかのように異様なまでにボッコリと隆起している。
ザラッ……、コロン。
中から飛び出してきたのは、鮮やかな真紅のツヤを放つ、見たこともない丸ごとの果実だった。手のひらサイズで、ほんのりと甘酸っぱい芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
「これって……?」
「はい、幻の果実、『ブラッド・ベリー』です!」
「幻の果実?」
「はい! この『死の森』にしか自生せず、魔力を含んだ極上の栄養があるため、魔獣たちの大好物なんです……なので、この果実を捨てれば、亀が追ってこないと思ったのですが、何故か私を追いかけて来たんです」
「いやはや、亀は侵入者を追い払うために、追いかけていたのだから、果実を捨てても無駄だったということだな。でも、上着が荒らされずに回収できたのは良かったな。しかも、魔力を含んだ極上の果実もゲットだ」
「――マスター、鑑定スキルで、成分を確認しました」
脳内でアマノの冷静な声が響く。
「それは高純度の魔力と生命エネルギーを含有する希少植物です。お見事な採取成果です、マスター」
「おっ、マジか。タマ、これをアマノのところに送っても良いか?」
「はいっ、ハヤト様! ぜひ使ってください。でも、2個だけ、栄養補給用に残してください。私もまだ食べてないので、アマノ様と一緒に食べたいです」
タマが無邪気に満面の笑みを浮かべる。幸先の良い第一歩を踏み出した俺たちは、大量のベリーをアマノに回収してもらって、いよいよ森に入るべく歩を進めた。
◇ ◇ ◇
俺たちは生い茂る黒い樹木の陰に腰を下ろし、ちょっとした小休止を取ることにした。
「ふう……一息つこう。タマ、この果実、本当に美味そうだけど……魔力を含むって、食べて大丈夫なのか?」
「大丈夫です! ブラッド・ベリーは魔獣の好物ですが、冒険者の間では『究極の疲労回復薬』として高値で取引されている高級品なんですよ。きっと人間が食べても害はありません。」
胸を張るタマの言葉に背中を押され、俺たちはさっきポケットから回収した『ブラッド・ベリー』を一つずつ手に取ってみた。
真紅の皮を剥くと、みずみずしい果汁が指を濡らし、甘く芳醇な香りが辺りにフワッと広がる。
「じゃあ、食べてみるか」
「はいっ!いただきます」
俺たちは揃って、その真っ赤な果実に噛り付いた。
――瞬間。
「「っ……!?」」
脳の芯まで痺れるような、圧倒的な甘さと爽やかな酸味が口いっぱいに弾けた。
今まで食べたどんな高級フルーツとも違う。果汁の一滴一滴が疲れた肉体に染みわたり、全身の細胞が歓声を上げているような感覚だった。言葉を失うほどの、この世のものとは思えない極上の美味さだった。
「んっ……ぁ……♪」
隣に座っていたタマは、あまりの美味しさに目を白黒させたあと、トロトロにとろけるような甘い吐息を漏らした。
「な、なんですかこれ……! 美味しすぎて、身体の奥が……カッカと熱くなってきます……」
「あ、ああ……俺もだ。なんだか、急に心臓の鼓動が早くなって……って、おお、マジかよ……?」
体の芯から湧き上がる熱は、ただの疲労回復だけではなかった。
「っ……身体に力がみなぎる。筋肉が勝手に動くぞ!」
さっきまでの足の重さが嘘みたいに消えて、底から力が湧いてくる。
「本当ですね……! なんか、感覚まで研ぎ澄まされて……体がポカポカして、すごく軽いです……!」
だが、その体力強化の興奮はほんの序章に過ぎなかった。
じわじわと理性を溶かしていくような、強烈な熱さと甘い痺れが全身を駆け巡る。先ほどまでの高揚感はどこかへ吹き飛び、代わりにどうしようもないほどの熱い衝動が二人を包み込んでいく。
「ハヤト様……っ、だめです、体が……熱くて! 体温がどんどん上がって……っ、変になっちゃう……!」
「っ……! タマ、お前もか……? 俺も、全身を熱が流れているみたいだ!」
潤んだ瞳で見つめてくるタマの頬は、りんごのように真っ赤に染まり、荒い息が熱を帯びている。
「タマ……」
「は、はい……ハヤト様……」
名前を呼び合った瞬間、理性のタガが完全に吹き飛んだ。俺たちはまるで憑りつかれたように、互いの着ているものを脱ぎ捨てていく。
タマは震える手で、回収したばかりの上着の袖を焦るように引っ張り、脱ぎ捨てた。露わになった引き締まったウエストと豊かな双丘が、木漏れ日に照らし出されて艶かしく浮かび上がる。
俺も負けじと自分のシャツのボタンを、指先をもたつきながらも乱暴に外す。
その無防備で艶めかしい姿を見た瞬間、俺の理性のタガは外れ去った。
荒い息を吐き出しながらタマの柔らかい体を抱きしめる。
柔らかな双丘が俺の胸板に押し付けられた。肌と肌が直接触れ合った瞬間、全身に電流が走るような衝動が駆け巡る。
「ああっ……! ハヤト様、すごい熱いです……っ!」
タマは、全身を支配する熱に抗えず、むしろ自ら腰をくねらせて俺へと絡みついてくる。
「タマ……すごく綺麗だよ」
「んっ……ぁ……やっ、ハヤト様……そんなに見つめないで……っ!」
理性のタガが吹き飛んだ俺は、タマの唇を貪るように塞ぐ。
「んっ……ぁ……やっ、ハヤト様……そんなに激しく……っ!」
甘い嬌声が、静まり返った森の奥へ小さく響く。
「タマ、可愛いよ……君からも教えてくれ……」
「は、はい……」
足がもつれて、俺たちは木陰の落ち葉の山に倒れ込む。
羞恥心も理性もブラッド・ベリーの甘い痺れにかき消され、もつれるように重なり合った俺たちは、静まり返った森で、さらに深く激しい愛欲の渦へと飲み込まれていった。
熱に浮かされた俺たちは、互いの体を絡ませたまま、意識を手放した。
(続く)




