第5話 複数の魔獣の影が見えます。緊急回収します
北のオフィスビル編 第五話
――ドサッ!
「いてっ……!」
冷たく硬い感触が背中を打つ。慌てて起き上がった俺の目に飛び込んできたのは、1階ロビーの床だった。
しかも、身につけているものは一切なし――完璧な全裸のまま、ロビーの床に放り出されていたのだ。
「おい、嘘だろ……」
「ひゃっ……!? な、なに……ここ……!?」
一緒に転送されてきた彼女が、あまりの状況の激変に真っ青になりながら両腕で自分の身体を抱きしめ、その場にうずくまる。
ロビーの隅では、先ほど気絶させていたはずの亀型魔獣が「ふがぁ……」と寝息を立てており、妙な存在感を漂わせている。
「おいアマノ! いきなり強制送還すんなよ! しかもこれじゃあ、俺もあいつも丸裸じゃねぇか!」
俺が叫ぶと、淡々としたアマノの声が響いた。
「マスターが5メートルの境界線を優に越えて移動されていたのが原因です。私も50分も我慢したんですよ。「まてまて、キャー」って何ですか?青春ですか? 今回は幸い、お二人が密着されていたため、巻き込む形で同時転送となりましたが……もっと慎重に行動してください」
「慎重もクソもあるか! ていうか、服はどこだよ、服は!」
「服及び食品に関しては、マスターとの距離が離れていましたので回収できませんでした。ひとまず、コンビニの戦利品の中から、何か身につけられるものを探すことをお勧めします」
心臓の鼓動がいまだに収まらない中、俺はロビーの冷たい床の上で大きく息を吐き出した。
冷静に振り返ってみれば、あの瞬間、俺たちは互いの身体を抱きしめ合い、密着した状態でいた。もしもあの時少しでも距離が離れていたら、エネルギーのつながりの範囲外の彼女は、ポツンと小川に全裸のまま置き去りにされていただろう。
俺はロビーの床に放置された山盛りのコンビニの買い物カゴから、まずは自分と彼女の分の手頃な身に着けるものを急いで引っ張り出した。
「ほら、とりあえずこれを着ろ」
「は、はい……!」
彼女に下着とブラを渡し、俺も手短にパンツとTシャツを身にまとう。全身ずぶ濡れのままだが、裸でウロウロするよりはマシだ。
ふと彼女を見ると、受け取った下着とブラを、どう扱っていいものかと、真っ赤になりながら両手で持ったまま固まっていた。
(あぁ、そうか……。現代のこんな布きれ、異世界人にとっては未知の魔道具みたいなもんだ)
思い返せば、これまでは頑丈なさらしとふんどしで身体を締め上げていた彼女だ。ホックの止め方も、肩紐の意味もわかるはずがない。
「えっと……その、一人じゃ着方わからないよな?」
「う、これ、どこにどう結ぶ紐があるんですか……?」
首をかしげる彼女に、俺は盛大な溜息をつく。
(よりにもよって異世界で下着の着付け指南とか、俺は一体何をやっているんだ……!)
だが、ここで放置するわけにもいかない。俺は観念して彼女に歩み寄り、おそるおそるそのブラジャーを手に取って見せた。
「ほら、こうやって腕を通して……後ろのホックをだな……」
なるべく肌に触らないように、肩紐を腕に通し、背中でフックを閉じた。
次に、下着を彼女の手から受け取り、俺は両手でパンツのゴムを広げる。 そして、滑らかな足首に通し、もう片方の足も通した後、ゆっくりと引き上げていった。
「うっ……! なんか、すごく変な感じです……!」
「あー、今までさらしとふんどしだもんな。締め付ける感じがしないだろ」
「はい……なんだか、布地が柔らかくて、頼りないというか……」
モジモジと落ち着かない様子で足元を見つめる彼女。
(やばい、さっきまでの名残もあって、別の意味で心臓に悪いな……)
慌てて視線を逸らしつつ、俺は自分の服を整えるふりをした。
「よし、それじゃあ乾かした服を回収しに行くぞ。いつまでもここに突っ立っているわけにもいかないし」
「は、はい……!」
気恥ずかしさを紛らわせるように、俺たちは足早にロビーを出て、再び小川のほとりへ向かうのだった。
――だが。
いざ二人並んで歩き出すと、気まずさが爆発しそうだった。ロビーから小川までのおよそ40メートル、お互いに一言も発せず、ただ聞こえるのは自分の心臓の音と足音だけという無言の行軍が続く。俺は気まずさに喉の奥がカラカラになり、彼女は俯いたままモジモジと歩いていた。
やがて、北壁の小川のほとり――あの草むらに到着した。
「あ、服は反対岸です」
「なんてことだ、あの水流の中を、また向こう側に行くなんて、無茶だ。だが、服はあれしかない」
途方にくれていると、頭の中で、アマノの声がする。
「マスター、今から、高度トラップ型エネルギー捕獲施設監視用守護獣を、そちらに向かわせます。守護獣なら、小川の水流の防波堤になれると考えます」
「守護獣、ああ亀ね。あの大きさと体重なら、掴まって川を渡れば安全か。アマノ、でかした」
「マスター。なに独り言をされているのですか」
唐突に冒険者が話しかけてきた。
「マスター。亀と渡るとかおっしゃって、何を話されているのですか?」
冒険者の言葉に、俺はハッとした。
「いや、アマノと話しているのだけど……あれ?アマノさんや。もしかして、お前の声は、俺にしか聞こえていないのか?」
「はい、マスター。脳内に直接話しかけることが出来るのは、ダンジョン魔法によるものなので、マスターとダンジョンの住民の間だけです」
(完全にダンジョンって言ってるな)
「いえ、高度トラップ型エネルギー捕獲施設の住民です」
(もういいよ。でも、ということは、彼女から見たら俺は、空虚に向かってぶつぶつ独り言を言う変態に見えてるんじゃ?)
「はい。間違いなく変態に見えております、マスター」
余りにものショックに打ちひしがれているうちに、巨大亀が、小川の傍にやって来た。
俺は、亀に掴まりながら、反対岸に渡り、干していた俺と彼女の服を集めて、再び亀に掴まって、元の岸に戻った。
「マスター。干してあった服ですが、まだ乾いていないです。もう一度、このあたりに干しましょう」
ブラとパンティーの姿でいることに慣れてしまったのか、もう恥ずかしがることもなく、彼女は、俺と彼女の服と、さらしとふんどしを草むらの上に広げていた。
俺は、ビルの壁を背に腰かけて、日が傾いて来たな~と、ボーしながら彼女がてきぱき動くのを見ていた。
「マスター……」
干し終わったようで、彼女は、俺の前に回り込んで、潤んだ瞳で真っ直ぐに俺を見つめてきた。その頬は、恥ずかしさと決意が入り交じって紅潮している。
「あの……さっきは、助けてくれて……その、ありがとうございました」
「いや、まあ……お互い様というか、なんというか」
「それと……迷惑だって分かっているんですけど……」
彼女は小さく息を呑み、キュッと両拳を握りしめた。
「私、あの恐ろしい亀のいる森を通って、一人で帰る自信はありません。だから……その、しばらくの間だけでも、一緒にいさせていただけませんか?」
切実さと、ほんの少しの甘えが混じったその告白に、俺は一瞬、言葉を失ったが、目の前の少女の瞳を見つめ返して言った。
「ああ、こっちの世界のことを教えて欲しいし、歓迎する」
喜んだ彼女は無邪気に抱きついてくる。
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汗ばんだ肌に風が心地よい。川のせせらぎを聞きながら、俺はふと、まだお互いの名前すら知らなかったことに気がついた。
「そういえば……俺の名前、言ってなかったな。俺は浦島 隼人だ」
「うらしは?」
聞き慣れない響きに、彼女は大きな目をぱちくりと瞬かせる。
「うらしま、だよ。うらしまが苗字で、はやとが名前だ。隼人でいい」
腕の中にいる彼女は、どこか気恥ずかしそうにふっと柔らかく微笑んだ。
「ハヤト様。私は、ゲンブ・タマです。ゲンブは、家名ではなく、私が育った村の名前です……。タマって呼んでください」
「タマ、か。いい名前だな」
その時。アマノの警告が、小川から魔獣の接近を告げる。
「マスター、川の方から、複数の魔獣の影が見えます。緊急回収します」
再び、俺たちの体を包み込むように青白い光の粒子が立ち上がってきた。
『3……2……1……強制転移、実行』
次の瞬間、全裸の2人は抱き合ったまま、1Fエントランスロビーの真ん中に放り出された。
(続く)




