第4話 強制回収シークエンスを開始します
第四話「強制回収」
バシャアァァンッ!
派手な水音を立てて、彼女は小川へと消えていった。
「――っ!?」
プリンの美味さに感動のあまり、勢いよく立ち上がったのが運の尽きだった。足元をとられた彼女がそのままバランスを崩し、川の中へダイブしてしまったのだ。
冷たい川の水面から、びしょ濡れの彼女が髪を拭いながら顔を出した。大きなカーディガンはすっかり水を吸って重くなり、身体にぴったりと貼りついている。
「ぷはっ……!」
「おいっ、大丈夫か……!」
慌てた声を上げながら、俺は急ぎ足で川原を駆け、そのままドボンと川へ飛び込んだ。
「うわっ……!」
慌てて川に飛び込んだものの、足元をすくわれそうになるほど、このあたりの流れは思いのほか速い。
「おい、しっかりしろ……!」
流されないよう彼女の腕をぐっと掴む。俺たちは激しい流れに翻弄されながらも、懸命に水をかいだ。水流の緩やかなエリアに辿りついて、その先にある反対側の川岸に這い上がった。
「ふぅ……危なかった……」
俺はびしょ濡れの彼女を抱え込むようにして、硬い地面の草わらに彼女を下した。
「すみません……すごく美味しいことに興奮して……。マスターは命の恩人です」
ブルブルと子犬のように身体を震わせる彼女を見て、俺は深い溜息をついた。濡れそぼった髪や引き締まった手足が妙に生々しいが、まずは風邪をひかせる前に何とかしなければならない。
「とにかく、その濡れた服を脱いで、早く乾かさないと風邪をひくぞ」
俺がそう促すと、彼女はびしょ濡れになったカーディガンの裾をそっと引っ張りながら、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めた。
「わ、わかりました……」
ちらちらとこちらに視線を向けつつ、彼女は意を決したように自分の濡れた服を脱ぎ始めた。重そうに体に張り付いていた布地を一枚、また一枚と剥ぎ取っていく。やがて、胸元にしっかりと巻き付けられた白い布――さらしが現れた。
「あのさ……それ、結構しっかり巻いてあるけど、普段からそうなのか?」
思いがけず尋ねた俺の言葉に、彼女はぎょっとし、慌てて両手で胸元を隠し、顔を赤くした。
「そ、それは……!旅の途中や、動き回るときに胸が邪魔にならないように、こうして締め付けておくんです!変ですか……?」
「いや、変じゃないけど……大変だなと思ってさ」
恥ずかしそうに目を泳がせる彼女に苦笑しつつ、俺は視線を少し下へと移した。下半身の衣服を脱いだ彼女の姿を見て、俺は思わず息を呑む。そこにあったのは、元世界の一般的な下着ではなく、白い布を巧みに交差させて引き締める、まるで武家や忍者のような――しっかりとした「ふんどし」だった。
「……っ!」
彼女は俺の視線に気づくと、パッと両手で下腹部を隠し、真っ赤な顔で半泣きになりながら早口でまくし立てた。
「み、見ないでください!これも動きやすくて汚れてもすぐ洗いやすいから祖母に教わった伝統的な……!あまりじろじろ見ないでくださいっ!」
「わ、わかった!見ねぇよ、誓って見ないから落ち着け!」
慌てて背中を向けながら両手を挙げた。
俺も彼女も羞恥心に耐えながら、濡れた服を草わらの上に干していく。
彼女はびしょ濡れの服だけでなく、巻き付けていたさらしや、下半身のふんどしに至るまで、すべてを一枚ずつ丁寧に外し、草むらに干し始めた。
「ふう……やっと干し終わりました……」
綺麗に広げ終えた彼女は、冷えた体を両手で抱きしめるようにして大きく息をついた。何を思ったのか、彼女は恥じらいを振り払うように、そのまま身一つで再び冷たい小川へと足を踏み入れた。
ざぶん、と水音を立てて身を沈め、彼女はそのまま水面を滑るように優雅に泳ぎ始める。太陽の光を浴びた川の中の、彼女の全身を目の当たりにして、俺はハッとした。
(……待てよ、あいつの肌……)
水面に揺らめく彼女の素肌は、うっすらと神秘的な淡い緑色を帯びていた。しかも、見る角度や光の加減によって、その色合いが貝殻の内側や真珠のように複雑な虹色の光沢を放ちながら、滑らかに変化していく。人間離れした、それでいて息をのむほど美しい色彩だった。
そして、もう一つ目を見張ったのはその抜群のプロポーションだ。大きめのカーディガンやさらしでしっかりと隠されていたため気づかなかったが、いざ身一つになってみると、その胸元は驚くほど豊かに膨らんでいた。
(よほど強くさらしで縛り上げていたのか……着やせするタイプってレベルじゃないだろ、あれは……)
そういえば、コンビニから彼女のために持って来た女性用下着を思い出した。サイズを少し大きめでいいかと適当に見繕ったはいいが、あんなに豊かな胸をしているなら、あのブラジャーじゃ小さすぎて入らないかもしれない……いや、そもそもさらしとふんどしの代わりに、下着とブラジャーを、彼女は使いこなせるだろうか。
そんな余計な心配と、目の前で繰り広げられる神秘的な美しさに、俺は言葉を失って立ち尽くすのだった。
(あんなに気持ちよさそうに泳ぎやがって……うらやましい)
優雅に泳ぐ彼女の姿を見ているうちに、俺の身体がうずき出す。もちろん、俺は下着のパンツだけは履いたままだが、冷たい川の誘惑と、目の前で楽しそうに水を蹴る彼女の開放的な姿に負け、俺もたまらずパンツを脱ぎ捨てた。
下着をつけず、ざぶざぶと小川の中へと足を踏み入れる。
「冷たっ……!いや、でもめちゃくちゃ気持ちいいな……」
水深はちょうど腰のあたりまであり、澄んだ清流が心地よい冷たさで肌を撫でる。特に、腰のあたりを絶妙な勢いで通り抜ける水流が当たって、爽快感が全身を駆け抜けていった。
元の岸のほうを見ると、水面は白く泡立ち、ごうごうと激しい流れが続いている。あちら側へはとても泳げるような状態ではない。しかし、今俺たちがいるこちら側の岸は、岩陰に遮られているせいか驚くほど穏やかな淀みになっていて、ここなら十分に泳げそうだった。
「俺もちょっと泳いでみるか!」
俺が水面をバシャバシャと叩いて見せると、少し離れた場所でぷかっと顔を出していた彼女が、楽しげに目を細めた。
「ふふっ、マスターも泳げるのですか?泳ぎなら負けませんよ!」
そう言ってまるで水を得た魚のように、彼女がスイスイと優雅なストロークで近づいてくる。負けじと俺も水面を蹴って少しだけ泳いでみると、冷たい水の中でのびのびと動き回る心地よさに気分が高揚していった。
「おっ、ちょっと捕まえてやろうかな!」
「きゃっ、やれるものならやってみてください〜!」
水の抵抗を切り裂きながら、俺たちは水飛沫を激しく上げ合う。
「待てっ!」
「キャッキャッ!届きませんよ〜!」
きらめく水滴を散らしながら、無邪気な追いかけっこが始まった。ひらり、ひらりと身をかわして逃げる彼女の笑顔があまりに楽しげで、俺も童心に返ったように夢中で腕を伸ばす。肌を撫でる冷たい水と、はしゃぎ合う声が、静かな荒野の昼下がりを賑やかに彩っていくのだった。
「くそっ、やっぱり泳ぎじゃ追いつけないか……!」
水泳のスピードでは彼女のしなやかな動きにかないそうにない。俺はすんなりと泳ぎをあきらめ、腰までの水深の川底を力任せに走り出した。
「そこだ、逃がすかよ!」
一気に距離を詰めようと、水底を蹴る足にぐっと力を込めたその瞬間――。足元の石が、俺の体重を支えきれずに滑った。
「うわっ……!?」
「きゃっ!?」
バランスを崩した俺の身体が前のめりに傾き、逃げようと振り返った彼女の身体へとダイレクトに衝突した。悲鳴を上げた彼女ごと、俺たちはそのまま水面へと倒れ込んだ。
バシャアァァンッ!
激しく水飛沫が弾け散る。慌てて体勢を立て直したものの、絡み合った手足のせいで上手くいかない。結局、逃げる彼女をガッチリと身体ごと受け止め、しっかりと抱きしめ合う格好になっていた。
「……っ」
密着した体勢のまま彼女と顔が至近距離で向き合う。慌てて離れようとするでもなく、濡れた前髪を額に張り付かせた彼女の大きな瞳が、戸惑いと決意を帯びて俺を見つめていた。吸い寄せられるように、俺はゆっくりと顔を近づけていく。
その瞬間――。
ピピッ!ピピッ!ピピッ――!
空気を切り裂くように、警告音がけたたましく鳴り響いた。
「え……?」
「――警告。エリア外での滞在限界時間を超過しました。強制回収シークエンスを開始します」
俺たちの体を包み込むように青白い光の粒子が立ち上がってきた。
『3……2……1……強制転移、実行』
次の瞬間、全裸の2人は抱き合ったまま、1Fエントランスロビーの真ん中に放り出された。
(続く)




