第2話 第一号のお客様が入らしたので、生体エネルギーが蓄積されました
北のオフィスビル編 第二話
「なんでええぇぇぇぇっ!?」
絶叫した俺の目の前で、突撃してきた巨大亀形魔獣は、厚い強化ガラスに全身を激突させた反動で派手にひっくり返り、そのままピクリとも動かなくなっていた。
脳震盪を起こして気絶しているらしい。
「ふう……危なかったぁ……」
冷や汗を拭いながらも、俺は近くにあった受付嬢の回転椅子を両手で掴み、力任せに持ち上げた。
――今のうちに、この亀の野郎に目一杯の鉄槌を叩き込んでやる!
「お待ちください、マスター!」
振り上げた椅子をまさに叩き込もうとした瞬間、アマノが慌てた様子で訴えた。
「なんだよ、邪魔すんな! こいつ、俺たちのビルをぶっ壊したんだぞ!」
「いけません、その亀はこのダンジョン――いえ、その、ええと……『高度トラップ型エネルギー捕獲施設』における貴重な守護獣なのですから!」
「守護獣?」
「ええと、当ストラクチャーの動的防衛システムの一部であり……私が以前のダンジョンを閉鎖する際、この荒野エリアの守護獣として生成した個体でございます」
アマノは冷汗をかいているような挙動で弁解しながら、ひっくり返った亀を指さした。
「本来の役目は、迷宮に近づく不法侵入者を威嚇し、エリア外へ追い払うことだったのですが……」
「見ろよ、あいつを」
俺はエレベーターホールの奥を指差した。そこでは、半裸の女性冒険者が恐怖に震えながらうずくまっている。
「エリア外へ追い払うどころか、まんまとダンジョンの最奥、俺たちの領域のど真ん中にまで、ご招待しちまってるじゃねぇか。お前のセキュリティ、ポンコツすぎんだろ!」
振り返ると、半裸の女性冒険者と目が合った。
彼女は、ガタガタと震えながらおそるおそる這い寄ってきた。
「す、すみませんでしたぁっ!」
女性は床に額を擦り付けるようにして、土下座をしてきた。
「あの、その……! 森でその魔獣に追われて、必死で逃げてたらここに辿り着いちゃって……! まさかこんな、立派なところを壊すつもりなんて、本当に考えてなくて……!」
「まあ、お嬢さん顔を上げてください。何があったんですか?」
椅子を下ろして、ため息をつきながら、涙目の女性冒険者に事情を問い質した。
女性冒険者は地面に頭をつけたまま、おずおずと語り始めた。
「ええとですね、私、街の依頼で『幻の甘味果実』の採取に来ていたんです。街からは馬車で丸一日かかる、死の森に群生地があるって聞いて……。夢中で採ってたらカバンに入りきらなくなって、上着のポケットまでパンパンに詰め込んで……そしたら、あの亀の縄張りに入り込んだみたいで……っ!」
俺はジト目で彼女を見下ろした。
「じゃあ、なんでわざわざこっちの建物に向かって逃げたんだ?つまり奥地へ突っ込んで来たんだろ。むしろ逆方向、逃げるなら来た道の方向が普通じゃないのか?」
「ひっ……! す、すみません! 私、昔からドジで、方向音痴で……! 田舎から出てきたはいいものの、まともにつける仕事がなくて、仕方なく冒険者になったポンコツなんですぅ……!」
彼女はさらに涙目になりながら、おろおろと身体を震わせた。
「それとですね……逃げる途中で、気を逸らそうと果実が入った荷物や上着も捨てたんですけど、なぜか私の方ばかりが追いかけられちゃったんです……」
ビクビクしながらそう付け足す彼女を見て、俺は思わず額に手を当てた。
「上着を脱ぎ捨てたから、上半身裸ってわけか……。まあ、幸い怪我していないようだし、いやまてよ……」
よく見れば、彼女の胸元には布のさらしが巻き付けられていた。
(この世界の女性冒険者ってどういう下着事情なんだ? やっぱこういうさらし文化が主流なのか、それとも彼女が特殊なだけなのか……いや、今はそんな考察をしている場合じゃないか)
「おい、アマノ、入口を直せるよな?」
「マスター、ダン…、当ストラクチャーの修復は、マスターの魔法によって修復可能です。でも通常の方法でなら、莫大なコストがかかると予想します」
「ひぃっ、ご、ごめんなさい……! 弁償なんて絶対無理です、私、借金まみれの底辺冒険者なんです……っ!」
「はぁ……分かったよ。仕方がない、俺が後で直しておくから」
「なあ、アマノ、この娘を安全なところまで送り届けてやってくれ」
俺が諦め半分に命じると、アマノは困ったように首を横に振った。
「申し訳ありませんマスター。私がこのストラクチャーを設置した当時、この周辺は完全な未開領域であり、街や街道の座標データが蓄積されておりません。私でもどちらへお送りすべきか把握しかねます」
「あ、あの!街道なら、あそこの森の中を東西に横断するようにあるはずなんです……!」
娘はおずおずと手を挙げながら、申し訳なさそうに絶望的な事実を付け加えた。
「でも、街道に馬車の迎えが来るのは、二日後なんです……ぅ」
ぐうぅ……と、静まり返ったロビーに空腹を告げる音が響き渡った。
彼女は自分のペコペコのお腹を押さえ、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染める。
「すいません。果物を採るのに夢中になって、お昼をまだ食べてませんでした。でも、荷物も上着も全部捨てちゃったから、食べるものもお金も一文無しなんです……ぅ」
「自業自得だが……まあ、ここで飢え死にされても後味が悪いな」
俺は手にするレジ袋から、さっき地下のコンビニで買ったおにぎり一個と、タマゴサンドのパックを取り出した。
「ほれ、これを食べて」
「え……? わ、私にこれを……?」
「いいから。もっとも、このパッケージの開け方は分からないよね?」
目を丸くする彼女に、俺は包装フィルムの端を指差して「ここをこうやって引っ張るんだよ」と、ひとつひとつ丁寧に開けてやった。
黒い海苔にくるまれたおにぎりと、ふんわりとしたサンドイッチを一口かじった瞬間、彼女の瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「ひぐっ……おいし……こんなに美味しい食べ物、生まれて初めてです……!」
彼女は感極まった様子で俺を見上げ、その潤んだ瞳には明らかに熱っぽい好意の色が宿っていた。
――え、餌付けしちゃった。
俺は彼女から視線を外し、隣で直立しているアマノに向かって鋭い視線を向けた。
「さて、アマノ、この先どうすんだ? このビル、一見するとオフィスとして完璧だが、俺の衣食住はちゃんと確保されてるのか?」
「何を言っているのですか、マスター。ここは見た目通り、れっきとした高層オフィスビルです。食事の支給は福利厚生の範囲外ですので、ご自身でご購入ください」
「えー。いや、こんな荒野で、食事を購入って、どうすんだよ!」
もぐもぐと、おにぎりとサンドイッチを頬張る冒険者を見る。
「冒険者さん、あの森で、何か食べるものを調達できるか、教えてもらえないだろうか?」
「えっと、幻の果実以外の情報は、もらってません」
「おい、それなら迎えが来るまでの二日間は、どうするつもりだったんだよ!」
「えっと、行けば何かはあるかな?と思ってました。実際は、毒々しい色の巨大イモ虫とか、酸っぱい汁を飛ばしてくる変なキノコはありましたが、とても食べる勇気はなくて......」
「聞いて損した。自給自足するにはハードルが高すぎんだよ……!」
俺が頭を抱えていると、アマノはセンサーカメラをパチパチと瞬かせながら、何食わぬ顔で言葉を続けた。
「ですが、ちょうど第一号のお客様もいらしたことですし、十分な生体エネルギーが蓄積されました。これより、マスターの元の世界のオフィスビルとこの空間を『同化』させることが可能です」
「同化ってなんだよ? オフィスが勝手にアップデートでもすんのか?」
俺の不審そうな視線に対し、アマノは誇らしげに胸を張った。
「ご説明いたします。当ストラクチャーにおける『同化』とは、コアに蓄えられたエネルギーを用いて、元世界の建造物とこのストラクチャーを一時的あるいは定常的に接続する機能でございます。これにより、元の世界から必要な物資や設備を直接『回収』したり、必要に応じて元の場所へと『転移』を繰り返したりすることが可能になるのです。そして、その魔法こそが、先ほど申し上げた【ダンジョンインテグレート】なのです」
(続く)




