第1話 異世界召喚株式会社、ただいま営業中
北のオフィスビル編 第一話
「――新規契約者様。異世界召喚株式会社にようこそ」
冷たい人工音声が響いた。
いつものように、昼休憩で地下1階のコンビニへ行き、その帰り道、1階ロビーからエレベーターホールへ向かおうとした時だった。フロアの案内ロボットが、滑らかな駆動音を立ててスッと目の前に回り込んできた。
混乱する俺の前に立っていたのは、有名な人型ロボット――アマノだった。ただし、胸元にはご丁寧に『異世界召喚株式会社・総務部アシスタント』と書かれたテプラが貼られている。
「なんだ、お前……?」
「ご説明いたします。貴方は、当社の最高経営責任者(神)の気まぐれと、世界改革プロジェクトの一環により、この空間へスカウトされました。まずは窓の外をご覧ください」
アマノが指し示すガラス窓を見る。
ここは見慣れた大手町のオフィスビルの1階エントランスロビーのはずだった。
だが、天井まで届く全面ガラス張りの窓の外に広がっているのは、舗装された道路でも皇居の緑でもない。
一面、雑草がぼうぼうと生い茂る、見知らぬ荒野だった。
荒野のはるか先には、見上げるほどに巨大な異形の樹木が立ち並び、昼間なのに空には青と赤の二つの月が不気味に並んで浮かんでいた。
アマノは機械的でありながらどこか流暢な身振り手振りで説明を始めた。
「次に、我が社が誇る、1Fエントランス設備をご覧ください」
アマノが指し示すロビーを見回す。
中央には、ホテルのフロントのような立派な受付カウンター。その脇には、普段なら社員証をかざすはずの物々しいセキュリティゲート。奥には、エレベーターホールが見える。
エントランスの西と東には、それぞれ二重の自動ドアのエントランスポーチがある。
「このフロアは、貴方の魔力および生体エネルギーを位相制御リソースに変換し、支配領域の維持管理を行う『中枢制御基幹』を内蔵した、初期多層構造ビルディングの1階です。周囲の空間は、貴方の認知記憶をベースに構築されたクローズド・コンテナ環境となっております」
アマノは少しだけ動作を止め、上階を仰ぎ見た。
「――ご覧のとおり、2階以上はまだマスターの支配領域ではありませんので、量子ゆらぎによる未確定フェーズ、いわゆる霞がかかったようなモザイク状態です」
「なっ……なんだそりゃ。俺はただの一般市民だぞ。なんでこんなビルごと異世界に……というか、なんでよりによってオフィスビルなんだよ!」
俺の抗議に、アマノは淡々と答えた。
「最高経営者の意向によれば、近年の異世界における探索型立体迷宮インフラは、既存の地勢学的生態系に依存したマンネリ化が指摘されておりました。そこで、現代日本の『インテリジェンスと効率性が極まった高層オフィスビル』という極めて高度な管理型構造物を転用することで、新規性の高いシミュレーション環境を構築するという企画が承認され、あなたがこのストラクチャーの管理者に選ばれたのです」
「ふざけんな、俺を社畜からそのまま異世界の社畜にジョブチェンジさせるな!」
「ですが、お気になさらず。このストラクチャーの物理法則、構造維持、および外部環境の位相は、すべて貴方の『イメージ』に強く依存しています。つまり、貴方が『ここは完全に安全なホワイト企業である』と認識し続けている限り、内部は平穏な現代社会の物理法則としてノーダメージで維持されます」
アマノはコンソールを操作しながら、どこか焦ったような挙動で告げた。
「イメージの固定化が最重要課題です。絶対に、不規則なファンタジー的脅威や動的トラップなどを脳裏に浮かべてはなりません。マルチテナントのトポロジーバグを誘発しますから。幸い、貴方にはこの空間構造を補正・改造するための固有魔法が備わっています。その名も――」
アマノは胸を張って、高らかに宣言した。
「――『ダンジョンクリエート』でございます」
――。
俺は動きを止めた。
じっとアマノの顔を見る。アマノは微動だにしない。が、センサーカメラのレンズがわずかに揺れた気がした。
「おい、アマノ」
「なんでしょうか、マスター」
「今、自分で『ダンジョン』って言ったな?」
「いいえ、言ってません。高層管理構造物と申し上げました」
「いや、魔法名は?」
「ダンジョンクリエート、でございます」
「ダンジョンじゃん」
「あ……」
「なあ、アマノ。そもそもここはどこなんだ?」
俺が周囲の異様な景色に目を向けながら問うと、アマノは急に背筋をピンと伸ばした。
「ここは、私がかつて管理・経営していた、ダン――いえ、高度トラップ型エネルギー捕獲施設のひとつです」
「フーン、ダンジョンな?」
「違います。捕獲施設です」
アマノの必死な否定を軽くスルーしつつ、俺が腕を組むと、アマノは観念したように頷いた。
実はこのアマノ、異世界において合計4つのダンジョン管理の経験があるベテランの管理人だった。自慢の回路がうずいたのか、アマノは急に早口になり、過去に経営したダンジョンの特徴を誇らしげに語り始めた。
「ふふっ、私のキャリアを舐めてもらっては困りますよ。これでも私は過去に4つのダンジョンを渡り歩いてきたやり手です。1つ目はこの地、荒野の『岩石迷宮』、2つ目は毒沼だらけの『猛毒バイオ迷宮』、そして3つ目は視界ゼロの『極寒ブリザード迷宮』、4つ目はマグマが吹き出る『超熱波溶岩迷宮』、――これらを順に各数百年ずつ管理してきた実績がありますからね」
「お前、なかなかブラックな経歴だな……。で、そんなやり手が、なぜアシスタントなんだ」
「えっと、それはその、派閥争いといいますか、経営方針の変更といいますか、ストラクチャー管理は外部の優秀な人材に任せるべきとの考えにより、私は格下げというか……しかしながら、私の手腕をもって、マスターを最高の管理者になっていただけるようアシスタントしますので、なんでもお申し付け下さい」
「その手腕で今度は俺を、このビルに縛り付けようというのか?」
「いえいえ。このビル自体が移動式のプラットフォームのようなものですからね。ダンジョン魔法の1つ、【ダンジョンインテグレート】を用いて、この異世界のどこにでも自在に移動させることができますよ。それに――」
アマノはコンソールをパチパチと叩きながら、さらに耳寄りな情報を付け加えた。
「――慣れてくれば、貴方のなじみの深い場所、例えば日本の一等地や故郷のご実家の近くなんかにビルの外観や周辺環境を固定することも可能です」
「マジか!? どこにでも行けるのか?じゃあ、あんなところや、こんなところ……いやいや、今すぐ大手町の元の場所に戻せよ!」
「残念ながら、現在はエネルギー不足で無理です。このビル自体は、『荒野』と地続きの『岩石迷宮』に実際に創造されたものです。この場所から、まだ移動はできませんが、ビルの外縁の景色を変えることなら今でも出来ます。ダンジョン魔法は、マスターにも使えます。あの遠くに見える森をイメージしてください。イメージしたまま、【ダンジョンコネクト】とご唱和ください」
「せいの!」
「「【ダンジョンコネクト】」」
ガラス窓の向こう、異世界の荒野に広がっていた風景が、ぐにゃりと歪み始めた。
接続が完了し、目の前に森が現れた。
そこには見慣れぬ複雑な形状の葉を持つ巨木がうっそうと立ち並び、根元には怪しい色のキノコや、原色の花を咲かせたウツボカズラのような植物が不気味に蠢いていた。
「うわ、なんだあのヤバそうなジャングル……」
その時だった。ビルの外から、声がする。
「ひぃぃぃっ! 誰か、助けてぇぇぇっ!」
悲鳴とともに、地鳴りが近づいてくる。
「おや。さっそく新規の侵入者……いえ、お客様ですね。申し訳ありませんが、森の観察はまたの機会に致しましょう」
「【キャンセル!ダンジョンコネクト!】」
再び揺らいだ景色が、はっきりと荒野の景色に戻る。
見れば、ほとんど上半身裸のような状態の女性冒険者が、涙目でこちらに向かって全力疾走してきている。その後ろからは、大きな亀型の魔獣が、土煙を上げて猛追してきていた。
「うおっ!? なんだあれ!」
ウィィィン。
エントランスの自動ドアが、日本のコンビニと同じ軽快な動作音で開いた。
通常モード(自動開閉)になっていたドアから、女性冒険者がロビーの床へと勢いよく転がり込んでくる。
「あ、アマノ! ドアをロックしろ! 手動閉鎖だ!」
「はい、ただいま。ポチッとな」
アマノが受付のコンソールを操作すると、自動ドアがピシャリと閉まり、電子ロックがかかる。俺は床で震える上半身裸の女性に向かって、安心させるように胸を張った。
「お嬢さん、もう大丈夫ですよ」
「で、でもっ! あんな大きな魔獣が……!」
「フッ……ここは俺のダンジョンですからね。おい、アマノ。ダンジョンっていうのは、外部からの物理攻撃に対して不変(絶対破壊不能)がデフォルトだよな?」
「……え? いえ、ここの仕様は、大手町のビルの、ただの強化ガラスですが」
「は?」
振り返った瞬間。
獲物を逃して怒りに狂う亀魔獣が、一切の減速なしでエントランスの自動ドアへと突進してくるのが見えた。
ゴシャァァァァァンッッッ!!
盛大な破砕音とともに、大手町のビジネスビルが誇るエントランスの強化ガラスが粉々に砕け散る。
ガラス片を撒き散らしながら、魔獣がロビーのど真ん中へと猛然と突っ込んできた。
「……って、なんでええぇぇぇぇっ!?」
(続く)




