搾乳は命懸け
その後、王都から出て近くにある放牧地に到着する。
ちなみに、俺のお腹は痛いです。
でもリオンの矜持として、情けない振る舞いはできない。
我ながら、こいつめんどくさい性格してるわ。
「ここが放牧地か……あのオーガバッファローがいる」
「はい、そうです。その異名は、オーガを突進で殺せるほどの力があるからとか」
「それは、街中になどおけないだろうな」
「暴れだしたら、壁などを簡単に破壊出来ますからね」
そう、今回の目的は牛乳を手に入れること。
しかし牛乳はオーガバッファローからしか取れないから難易度は高い。
まずは責任者のゴルバに挨拶に行き、説明を受けることに。
ちなみにゴリマッチョのおっさんである……それくらいでないと務まらないということだ。
「オーガバッファローは近づくと怒り狂って手がつけられません」
「ふむ、ではどうやって乳を手に入れているのだ?」
「草木を食べている時や、お腹いっぱいの時は唯一大人しくなるのです。その間に、我々は隙をついて搾乳をします」
「なるほど……出回らないわけだ」
それだと搾乳自体も時間が取れないので量がない。
取れたとしても予約が優先で、なかなか手には入らない。
それでどんどん値上がっていくというわけだ。
「やはり危険ですぜ? リオン殿下の頼みなら私が……」
「いや、それには及ばん。その度にお主を頼っていてはいけない。とりあえず、自力でやってみるさ」
「わかりました……では、お気をつけて。そしてなるべく殺さないで頂きたい。彼らは仲間意識が強いので。いざとなれば、こちらの扉に飛び込んでください。私はここで待機していますので」
「情報と助言に感謝する。まあ、最悪の場合は逃げるとするさ」
「ちなみにですが……ここで何が起こったとしても責任は負えません。冒険者の方と同じように、誓約書にサインして頂いても良いでしょうか?」
「む、無論だ」
俺達が署名をすると、まるでジェラシックパークの恐竜がいそうなゲートが開く。
あちこちにゲートがあり、それによって中の魔獣を出さないようにしているとか。
中も区分されていて、それぞれに違う魔獣もいるとか。
合っているかわからないが、サファリパークのような感じか。
「よし、いくぞ」
「大丈夫です? 震えてません?」
「ふ、震えてなどない! さあいくぞ!」
「はいはーい」
どうやら、署名の文字がぶれていたことはバレていたらしい。
だって怖いじゃんか! なんだよ入るのに署名がいるって!
いや……これもスイーツのためだ。
ゲートをくぐり中に入ると、そこは草原が広がっていた。
「こうしてみると、外と変わらんな」
「大きな壁で隔てていますけど、中身は自然のままですからね。ただ魔物がいないだけマシかと」
「確かに魔物にも気をつけながら搾乳は無理だな」
リオンの知識にあるが、放牧がここまで来るのも大変だったらしい。
なんとか家畜化を目指して、やっとこの程度というわけだ。
そんな会話をしつつ歩くこと五分程度、すぐにお目当ての魔獣を発見した。
赤い皮膚に太い二本のツノ、体長二メートルを軽く超える巨体。
「……なんだあれ、バケモンじゃないか」
「冒険者に頼む人が多いわけですね。あんなのに体当たりされたら、身体が粉々になりますよ。いくら、身体強化の魔法をかけたとしても……どうなるやら」
「よし、ここはお前に任せた。俺は後ろで待ってると……何をする?」
振り返ると、俺の腰にしがみつくアンナが。
平常心を保っているが、心なしか焦っているように見える。
殺していいならなんてことないが、今回は逆に殺してはいかんから難しい。
「何を言っているのですか? ここは御主人様にお譲りします」
「貴様、それでもメイドか……!」
「搾乳はメイドの仕事ではありません。そもそも、あれだけの啖呵を切って恥ずかしくないので?」
「ぐぬぬぬっ……腹をくくるか。よし、行ってくる」
「御主人様、骨は拾いますからね」
「それ死んでるからな?」
軽口を抑え、俺はゆっくりと草を食べている一頭に近づく。
一瞬だけ目線があったが……すぐに逸らす。
それを確認し、貸してもらったバケツを持って牛の乳房に触れる。
「よし、そのまま良い子にしてろよ……ん? 少ししか出ないな」
あれ? これってこんなに難しいのか?
全然、出てこないが……その時、何か嫌な予感がする。
前を見ると、オーガバッファローと目があった。
そのまま時が止まったかのように見つめ合う。
「「………」」
「は、はろー」
「フルァァァ!」
「うひゃー!?」
我ながら情けない声を上げて尻餅をつく。
当然、僅かに入っていたミルクも溢れる。
「アァァァ!? 俺の大事なスイーツの元が! 貴様、俺を誰だと……」
「フルル……」
「おいおい、待て……なんで助走を……わかった! 俺が悪かった!」
「フルァ!」
「ヌォォォォ!」
俺は急いで来た道を戻る。
すると、前には先に走っているアンナの姿が。
おかしい、あんなに距離は離れてなかった。
「待てまてーい! なんで先に逃げてるぅぅ!?」
「嫌な予感がしたので!」
「ええい! 主人を置いて逃げるメイドがあるか! 俺のために命をかけるのではないのか!?」
「それはそれこれはこれです!」
ま、まさか、ここでアンナに裏切られるとは!?
これも死亡フラグの一環なのか!?
「……ええい! 死んでたまるかアァァァ!」
「フルァ!」
そして魔力による身体強化で走ること数分、ゲートが見えてくる。
ゲートの下にはゴルバがいて必死に手を招いていた。
その中をアンナが滑り込む。
「御主人様! 早く早く!」
「だめだっ! 間に合わない! リオン殿下、あなたのお命の方が大事ですので倒しても構いません!」
「いや、そうはいかない! こいつは大事な魔獣だ!」
なにせ、俺のスイーツ作りには欠かせない存在。
そんな魔獣を一頭でも殺すわけにはいかん。
「そ、そこまでして魔獣と我々のことを……」
「よくわからないが、もうゲートを閉めていい!」
「そ、それでは、貴方が……」
「いいから王族として命令だ!」
その言葉が効いたのか、ゴルバがゲートを閉め始める。
俺は後ろに迫るオーガバッファローとの距離を確認し、地面に氷魔法を発動させる。
俺はそこに向かって、勢いよくスライディングをかます!
「ウォォォォォォ!」
「フルルル〜!」
俺の声とオーガバッファローの声が響き……止む。
俺は後ろを振り返り、ゲートの内側にいることに安堵する。
「ふぅ……間に合ったか」
「御主人様! 凄いです! 滑りました!」
「ふふ、そうだろそうだろ……俺を置いて逃げたことは忘れんぞ」
「あれれ? おかしいですね」
「まあ、いい……ともかく、失敗だな」
まさか、牛乳を手に入れるのがこんなに大変だとは。
というか、命がけじゃないか。
やれやれ、これは作戦を立てんといかんな。




