第六章:強欲な大富豪と新たなる逃走
「さあ、さっさとその獣どもを檻に入れろ。私の屋敷の庭に飾ってやる。なに、金ならいくらでも出してやるぞ。この世に金で買えない『道具』などないのだからな」
大富豪ゴルドの言葉が、再びパラの心に冷たい棘を刺した。傲慢な視線が、まるで品定めでもするかのようにパラの細い手足、そしてカーバンクルたちの黄金の毛並みをなぞる。
「……道具じゃない」
パラの絞り出すような声は、テントに響き渡るゴルドの下卑た笑い声にかき消された。
「聞こえんぞ、小僧。ふん、やはりこの『泥ブタ』は価値が分からん者のそばにあると汚れるな。力ずくで連れて行け!」
合図とともに十人の護衛が雪崩れ込み、宴の席は瞬時に悲鳴と怒号の渦中へと変貌した。
「ちっ、無粋な野郎どもめ……! パラ、ヤギ! アヒル! 逃げるぞ!」
ゴーゴンが咆哮し、腰のハンマーを地面に叩きつけた。工房の床をも粉砕する破壊の衝撃波が、テントの支柱をねじ切り、護衛たちの陣形を木っ端微塵に吹き飛ばす。
「ブフォッ!」
カーバンクルが背にパラを乗せ、裂けた帆布の隙間から夜の闇へと飛び出した。逃走劇の始まりだ。
町中を駆け抜ける一行。カーバンクルの額が放つ魔力消去の光が追っ手の追跡を煙に巻く。だが、怒り狂ったゴルドの怒鳴り声が迫る。
「逃がすな! あの金塊を逃がしてなるものか!」
追っ手の騎士団が角を曲がった、その瞬間だった。
「メェェェーーッ!!」
凄まじい咆哮を上げ、逃走ルートの背後から「黒い弾丸」が飛んできた。ヤギだ。奴は逃げるどころか、あろうことかゴルドめがけて全速力で突進していた。
「な、なんだ!? このふざけた家畜め、退けェ!」
ゴルドが剣を振り上げるより早く、ヤギは正確無比な頭突きをゴルドの股間へと叩き込んだ。
メリメリ……という重厚な音を立てて、ゴルドの特注シルクズボンと、その下の高級絹パンツが仲良く真っ二つに裂ける。ゴルドは「あべしっ」と裏返った声を上げ、夜の広場に尻丸出しで尻もちをついた。
「おいおいおい!! あのヤギ、なんてことしやがる!」
ゴーゴンが呆気にとられる横を、今度はアヒルが空から舞い降りた。アヒルはゴルドの頭頂部に着地すると、まるでサーカスのスターかのようにヤギの背中へ飛び移った。
ヤギはアヒルを背負ったまま、尻尾をブンブンと振って追っ手の鼻先をかすめる。アヒルは騎士の兜の上で羽をバタつかせ、わざとらしくガーガーと鳴き叫んで挑発を繰り返す。
「ガーッ! ガーッ!(おっさん、パンツ見えてるぞ! 変態!)」
騎士たちは、主人の無残な姿に戦意を喪失し、アヒルの挑発に乗って追いかけようとして泥濘に足を取られ、次々と泥水の中へダイブしていく。
「てやんでぇ! おめぇら仲良しこよしで何やってやがる! ……ったく、最高にイカした野郎どもだぜ!」
ゴーゴンは笑い飛ばしながら、パラを連れて人混みの消えた街外れの崖下にある、ひっそりとした洞窟へと滑り込んだ。
……洞窟の中は、ひんやりと静かだった。
ゴーゴンは松明を焚き、火の粉を散らしながら、さっそく仕事に取り掛かる。
「さて、と。明日への路銀が必要だ。……おい神獣、頼むぜ」
カーバンクルは「ブフォ」と間抜けな声で鳴くと、コロン、と一つ、小さな塊を落とした。それは見た目はただの茶色の塊だが、ゴーゴンが熱したハンマーで叩き、鉄の如く鍛え上げると、瞬く間に黄金の輝きを放つインゴットへと変貌する。
「……すげえ。やっぱり、本物だ」
パラは、その魔法のような光景に目を奪われた。黄金が生まれる。それは、奴隷として石ころばかり拾っていたパラにとって、唯一無二の希望の光だった。
ゴーゴンがインゴットの冷まし具合を確認するために洞窟の奥へと歩き去った、その隙だった。
パラの足元で、ヤギが「メェ」と低く鳴き、前足で土を掘り出した。アヒルが寄り添い、何やら誇らしげにガーガーと鳴いている。
二匹は、カーバンクルが用を足した場所のすぐ近くに、自分たちが道中でせっせと集めてきた「茶色の収穫物」を綺麗に整列させていた。
「えっ……ヤギさんも、アヒルさんも、みんなで集めてくれたの?」
パラは目を丸くした。二匹は、まさにカーバンクルの黄金と同じような形状、同じような色味の塊を、自分たちの身体を使って懸命に「調達」していたのだ。
パラは、自分の革袋にそれを丁寧に詰め込み、嬉しくて堪らなくなった。
(これなら、ゴーゴンさんがもっと忙しく働ける。僕たちのお金がもっと増えるんだ!)
パラが意気揚々と、その戦利品をゴーゴンの作業台(平らな岩)へ運び込み、カーバンクルの黄金の隣に並べた時だった。
「――おらっ、冷ましておいたぞ。……って、ん?」
戻ってきたゴーゴンが、ハンマーを片手に眉をひそめた。
「おいパラ。何だこの、鼻を突くような悪臭を放つ『塊』は……」
「ゴーゴンさん、見て! ヤギさんとアヒルさんも、すごいよ! これも金貨になるんだよね!」
パラのキラキラした瞳。
その足元では、ヤギが鼻高々に胸を張り、アヒルが勝ち誇ったように翼を広げている。
ゴーゴンは、一瞬だけ時が止まったように固まった。
そして次の瞬間、洞窟の天井を突き抜けんばかりの絶叫が轟いた。
「べらぼうめぇぇぇーー!! 全然違うわぁぁぁ!! それはただの『お土産』じゃねぇか!!」
「えぇ……っ!?」
「えぇじゃねえよ! 俺の魂のハンマーが、そいつを叩いた瞬間に汚物でコーティングされちまうだろうが!! 大うつけぇ!!」
ゴーゴンが頭を抱えてのたうち回る。その横でカーバンクルが「ブフォ」と笑い、ヤギとアヒルは「解せぬ」とばかりに首を傾げた。
パラは、怒られて涙目になりながらも、なんだか急に可笑しくなってくすくすと笑い声を上げた。
「……ふふ、二人とも、次はもっと似てるの、頑張ってね」
「てやんでぇ、次があってたまるか!」
ゴーゴンは毒づきながらも、その瞳にはどこか優しげな色が灯っている。
明日にはまた、どんな騒動が待ち受けているか分からない。それでも、この騒がしくて愛おしい仲間たちとなら、どこまでも行ける。
そう確信したパラの心は、黄金よりも明るく、洞窟の中で温かく輝いていた。




