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奴隷の僕と神獣の君  作者: 姫宮代


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第七章:無意識のバリアと、未来への乾杯

「おい親父さん、こいつを換金してくれや」

街で一番大きな質屋のカウンターに、ゴーゴンが無造作に置いたもの。それは神獣カーバンクルの遺した塊を、ゴーゴンが己の職人魂を込めて叩き上げ、毛並みの一本一本まで再現した「黄金の獅子像」だった。

鑑定士の老人は、ルーペを何度も付け替え、信じられないものを見る目でその像をなめ回した。

「……信じられん。ただの金塊ならまだしも、この細工……一体どうやって叩き上げた? 表面の硬度と、内部の密度が完全に計算されている。魔力の流れを乱さぬよう、分子単位で整えられた鍛錬の跡……! 恐るべき職人技じゃ」

鑑定士は震える手で、金貨の山をカウンターへ滑らせた。

「これほどの傑作、質屋に預けるなどとんでもない! 大金貨十二枚出そう。頼む、この像をうちに置かせてくれんか!」

「へっ、職人を唸らせたか。悪くねぇ」

ゴーゴンが不敵に笑い、金貨を受け取ると、パラは目を輝かせて袋を抱きしめた。広場に出た彼らは、これまで見たこともないような贅沢に飛び込んだ。

パラは焼きたての焼き鳥を頬張り、口の周りにタレをつけながら、生クリームとイチゴが溢れんばかりのクレープを堪能している。

「うわぁ……甘い、温かい……! こんなの、初めて食べたよ」

一口食べるたびにパラの顔がとろけ、隣でヤギがクレープの端を奪い合い、アヒルが焼き鳥のタレに大興奮している。カーバンクルは金貨の袋の上で、何よりも幸せそうに目を細めていた。

その幸福な時間は、突如として割って入った影によって張り詰めた空気に変わった。

「素晴らしい細工でした。質屋の主人が『神業』と絶賛していたのは、君のことでしょう。ゴーゴン殿」

人混みを割って現れたのは、魔法生物保護団体の紋章を纏った男だった。彼は膝を折り、視線をパラたちと同じ高さに合わせると、穏やかな表情で名乗った。

「初めまして。私は魔法生物保護団体会長のアルヴィンと申します」

ゴーゴンが即座にパラの前に立ち塞がり、蛇の髪を威嚇するように逆立てた瞬間だった。

パラは反射的にカーバンクルの前に立ち塞がった。その意志に応えるように、パラの周囲から青白い光が溢れ出し、広場を覆う強固なバリアが展開された。周囲の雑踏が一瞬で消え、静寂が訪れる。

「……ッ、バリアだと!? パラ、お前……!」

ゴーゴンが驚愕に目を見開く。アルヴィンもまた目を見開いたが、すぐに両手を広げ、争う意志がないことを示した。

「落ち着いてください。先ほどあなたが展開した障壁の純度の高さ……あれこそが、君の秘めたる才能の証です」

アルヴィンは、争う意志がないことを示すように、懐から故郷の銘酒『炎竜の涙』をゆっくりと取り出した。

「お詫びと言ってはなんですが、火の谷で造られる幻の銘酒を持ってまいりました。……誤解を解きたい。この酒を酌み交わしながら、君たちを『道具』ではなく、ひとつの『存在』として守るための提案をさせてくれませんか」

ゴーゴンは鼻を鳴らし、蛇の髪を逆立てていたが、ボトルの封印に刻まれた「火の谷」の刻印を見て、喉をゴクリと鳴らした。それは、もう何十年も帰っていない、かつての故郷の酒だった。

「……ケッ。酒の銘柄を知っているとは、なかなか分かってるじゃねえか。……おいパラ、バリアを解け。……これほどの酒を持ってくる男だ、毒を盛るような真似はしねぇだろ」

街外れの静かな工房へ場所を移し、彼らは酒を酌み交わした。アルヴィンの語り口は誠実で、パラたちの心に寄り添うような温かさがあった。

「まず、カーバンクルについて。彼はまだ幼く、家族と離れたことで魔力が不安定になっています。彼の故郷へ戻し、家族のもとで成長させてやりたい。そして、その『神聖な場所』には、君たちの協力が必要なのです」

アルヴィンはゴーゴンに向き直った。

「ゴーゴン殿、君の鍛冶技術は保護区の要となります。王室御用達の工房で、君の技術をさらに高め、後進に継承する場を提供したい。君が手塩にかけて作り上げたあの黄金の獅子像を、誰かに継承させたくはないか?」

「……俺の技術を、後進に、か」

ゴーゴンは酒を飲み干し、遠い目をした。かつて「役立たず」と罵られた自分が、技術を教える立場になるという言葉は、彼の誇りを激しく揺さぶった。

「ヤギとアヒルについては、彼らがカーバンクルと共にいたことで宿した『聖なる波動』を尊重します。彼らもまた故郷へ同行し、友人として、その地で手厚い保護を受けながら一生安泰に暮らせるよう手配いたします」

最後に、アルヴィンはパラをまっすぐに見つめた。

「パラくん、あなたには神獣を導く、極めて稀な魔法の才能がある。私たちのもとで、その力を制御する方法を学びませんか。あなたはもう、誰かの『道具』ではない。自分の意思で未来を選び取れる一人の人間なのです」

パラは自分の手を見つめた。泥を掘ることしか知らなかった自分が、魔法を使い、誰かを守り、未来を語り合っている。

「ゴーゴンさん……僕、もっと知りたいです。自分の持っている力のこと。みんなが笑って暮らせる場所があるなら……!」

ゴーゴンは、空になった酒瓶を見つめ、それからパラの肩を強く叩いた。

「……ケッ。生意気なスコップになったもんだぜ。だが、悪くねぇ。俺のハンマーも、ただの破壊より、守るためのモノを造る方が似合ってるかもしれねぇな」

ヤギは満足げに草を噛み、アヒルは翼を広げて空を仰いだ。カーバンクルはパラの腕の中で、未来の安らぎを予感しているかのように鳴いた。

「乾杯!」

空高く掲げられた酒瓶が、西日に照らされて黄金色に輝いた。奴隷紋も、鎖も、もうどこにもない。

彼らの騒がしくも温かい旅は、ここからまた、新しい季節へと向かっていく。

エピローグ:十年後の再会

十年という月日は、多くのものを変えた。

神獣の故郷、聖域の森。そこは常に柔らかな光に満ち、黄金の草花が揺れる場所だ。

森の奥深く、ゴーゴンが造り上げた精巧な鍛冶炉の前で、一人の青年が銀色の髪を揺らして微笑んでいた。パラだ。かつて泥の中で汚れていた手は、今は魔法を自在に操り、この聖域を守護する「守り手」として、確かな自信に満ちていた。

「……おや、また騒がしいな」

遠くから「メェ〜ッ!」「ガーッ!」という懐かしい鳴き声が聞こえる。

森の広場には、ふっくらと肥えたヤギと、相変わらず食い意地の張ったアヒルが、カーバンクルと一緒に楽しげに走り回っている。彼らはこの地で、神獣の友人として、誰にも縛られず自由に生きていた。

そこに、立派な髭を蓄えた男がやってきた。十年前に失った蛇の髪は短く切り揃えられているが、その瞳の鋭さは変わらない。王都の工房から一時帰郷した、鍛冶師ゴーゴンだ。

「よお、パラ。……ずいぶんと立派な顔になったじゃねえか」

「ゴーゴンさん!」

パラが駆け寄ると、ゴーゴンは変わらない力強さで、パラの肩をガシガシと叩いた。

「へっ、この聖域の守護魔法、完璧じゃねぇか。お前の才能、俺のハンマーにも負けてねぇよ」

「……うふふ、ありがとうございます」

カーバンクルが駆け寄り、ゴーゴンの足元に擦り寄る。それはもう「泥ブタ」などと呼ばれる姿ではない。気高く、優美で、それでもかつてと同じ愛嬌のある瞳で彼らを見つめている。

十年前、泥だらけの畑で出会った「道具」だった少年は、今は大切な仲間と共に、黄金色の景色の中で笑っている。

「さあ、宴だ! 最高の酒を持ってきたぜ!」

ゴーゴンが掲げたのは、あの日の『炎竜の涙』よりもずっと美味い、十年熟成の酒だ。

夕暮れの聖域に、彼らの楽しげな笑い声がどこまでも響いていく。

誰もが、自分の足で立ち、自分の言葉で笑い、自分の未来を選び取った。

それは何よりも、黄金よりも輝く、かけがえのない宝物だった。



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