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奴隷の僕と神獣の君  作者: 姫宮代


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第四章:蛇髪の鍛冶師と、黄金の神獣


 夜通し走り続けた奇妙な一行が、見知らぬ巨大な町の路地裏に辿り着いた頃には、東の空がうっすらと白み始めていた。

 泥ブタの背から力尽きたように転げ落ちたパラは、全身の筋肉の強張りと、呪縛から解放された安堵がないまぜになり、冷たい石畳の上にへたり込んだ。

 彼らの異常な逃走劇など知る由もないヤギは、さっそく近くに積まれていた空の木箱を「メェ」と鳴きながらかじり始め、アヒルは水たまりを見つけてパシャパシャと楽しげに足踏みをしている。

 「……ふぅ。ここまで来れば、もう追ってこないよね」

 パラが息を吐き出し、擦りむいた両膝を抱えたその時だった。

 足元の通気口らしき鉄格子から、リズミカルで力強い金属音が響いてきた。カンッ、カンッ、という、聞いているだけで内側から熱を帯びてくるような重厚な音だ。

 身を隠す場所を探していた一行は、その音に吸い寄せられるように、地下へと続く薄暗い石段を下りていった。

 そこは、むせ返るような熱気と、鉄の焼ける匂いに満ちた地下工房だった。

 煌々と燃え盛る炉の炎に照らされ、赤く焼けた鋼をハンマーで叩いていたのは、頭に無数の蛇の髪をうねらせる、筋骨隆々の魔族の男だった。

 「おうおうおう! どこのネズミかと思えば、薄汚ねえガキと家畜の寄せ集めじゃねえか! ここは遊び場じゃねえぞ、すっとこどっこい!」

 男はハンマーを肩に担ぎ、腹の底から響く、火の粉を散らすような威勢のいい声で怒鳴った。怒気を含んだ大声に、パラはびくりと肩をすくませて後ずさる。村長の冷酷な怒鳴り声がフラッシュバックしそうになった、その時だった。

 パラを庇うように、泥ブタが一歩前に出た。そして、いかつい鍛冶師を見上げ、堂々とした態度で鳴いたのだ。

 「ブフォ、ブフォッ」

 「あぁ!?」

 すると、男――魔族の鍛冶師であるゴーゴンは、頭の蛇たちを一斉に逆立て、目を丸くして大口を開けた。

 「『村の連中がウザかったから、こいつの奴隷紋を吹っ飛ばして逃げてきた』だァ? べらぼうめ! いくら俺が動物の言葉がわかるからって、そんな見え透いたホラ話に騙されるかよ!」

 「えっ……おじさん、この子の言葉がわかるの!?」

 パラが驚きの声を上げた直後だった。泥ブタが、工房の隅に積まれていた鉄くずの隣で「ふんっ」と短く踏ん張ったかと思うと、コロン、と黄金色に光る硬い塊を排泄したのだ。

 「……あ?」

 ゴーゴンは怪訝な顔でそれを火箸で拾い上げ、水桶に入れてジュワッと冷やし、粗布で乱暴に磨いた。

 次の瞬間、ゴーゴンの顔色が劇的に変わった。熟練の鍛冶師としての鋭い目が、その塊の異常な密度と、魔力を帯びた眩い輝きを正確に捉えたのだ。

 「お、おい嘘だろ……これ、純度百パーセントの『黄金』じゃねえか! マジかよ、まさか、お前……神話に伝わる『黄金を生み出す伝説の獣』なのか!?」

 ゴーゴンのテンションが、一気に限界を突破した。彼は持っていたハンマーを放り投げ、パラの細い肩をガシガシと揺さぶった。さっきまでの怒声とは違う、純粋な興奮がそこにあった。

 「おいガキ! 今すぐこいつを川に連れて行くぞ! 泥を落として、とっととツラを拝ませろ!」

 町外れの川岸。そこからは、パラとゴーゴンの果てしない苦闘が始まった。

 「ほらっ、入って! お水、気持ちいいよ!」

 「ブフォォォーッ!」

 泥ブタは川岸の砂利に短い四肢をガッチリと突っ張り、全力で入水を拒否していた。見た目に反して異常に重い巨体は、パラとゴーゴンが二人がかりで押してもビクともしない。

 焦ったパラが前に回り込んで首を引っ張ろうとした瞬間、泥ブタは不満げに鼻を鳴らし、あろうことかパラの前髪をガブッと咥えて、もしゃもしゃと無心に齧り始めた。

 「わっ、ちょっと! 痛くないけど、髪の毛は食べ物じゃないよ!」

 パラが頭をヨダレまみれにされながらも必死に引っ張り、後ろからはゴーゴンが「てめえ、神獣なら神獣らしくシャキッとしやがれ!」と悪態をつきながら丸い尻を力任せに押す。

 その横では、アヒルが「グワッ」と優雅に川を泳ぎ回り、ヤギがゴーゴンの脱ぎ捨てた革のエプロンを美味しそうに咀嚼し始めている。とにかく、とてつもなく手がかかる一行だった。

 一時間後。

 激しい水飛沫の攻防の末、ようやく全身の頑固な泥を洗い流し終わった「それ」が岸に上がった時。昇りきった朝の太陽が、その真の姿をまばゆく照らし出した。

 「……すげえ。こいつぁ、とんでもねえモンを見ちまった……」

 ゴーゴンが、濡れた前髪を掻き上げながら震える声で呟いた。

 そこには、先ほどまでの薄汚いブタの面影は微塵もなかった。太陽の光を弾いてサラサラと輝く、神々しい黄金の毛並み。すらりとした優美なフォルム。そして額には、王の王冠すら霞むほどの、巨大で美しい深紅のルビーが燦然と輝いていたのだ。

 「伝説の宝石獣……『カーバンクル』だ。生きてるうちに拝めるなんてな……」

 ゴーゴンの言葉に、パラは目をキラキラと輝かせた。今まで自分を乗せて走ってくれたのが、こんなにも美しい存在だったなんて。

 「カーバンクル……君は、伝説の神獣だったんだね! だからあんな魔法が使えたんだ。すごい、すごいよ!」

 純粋な尊敬と信頼の眼差しを向けるパラ。

 しかし、その神々しすぎる黄金の神獣は、長いまつ毛を瞬かせ、パラのヨダレまみれの髪の毛をペッペと吐き出しながら、いつもの気の抜けた声で鳴いた。

 「ブフォ」

 見た目は神獣でも、中身はまったく変わっていなかった。

 地下工房に戻ったゴーゴンは、腕組みをしてカーバンクルを見下ろした。その目には、職人としての、そして男としての抑えきれない情熱が燃えたぎっていた。頭の蛇たちもシュルシュルと興奮気味に舌を出している。

 「決めたぜ。俺も今日からお前らと旅に出る! こんな面白れぇ神獣と、首輪を外したばかりの坊主を放っておけるかよ。道中、旨い酒も飲めそうだしな!」

 「本当に!? ありがとう、ゴーゴンさん!」

 パラがパァッと顔を輝かせると、ゴーゴンはニヤリと笑い、再び炎の上がる炉の前に立った。

 「おうよ。だがその前に、この工房の主人に『置き土産』を打ってからだ。おいカーバンクル、お前のその魔力、ちょいと貸しな!」

 ゴーゴンが真っ赤に熱した鋼を金床に置き、特大のハンマーを振り下ろす。それに呼応するように、カーバンクルが額のルビーから微弱な赤い光を放った。光が鋼を包み込み、目に見えない不純物を魔法のように消し去っていく。カンッ、カンッ、という打撃音が、これまでで一番澄んだ、まるでガラスの鐘のような音色で地下室に響き渡った。

 やがて打ち上がったのは、凄まじい切れ味と、水を張ったような美しい刃文を秘めた一本の名刀だった。ゴーゴンはその国宝級の刀を無造作に金床の上に置き、筆でサラサラと紙に書き置きを添えた。

 『今までありがとう

 「へへっ。これで俺もこの湿っぽい工房を卒業だ」

 ダジャレの酷さと刀の美しさの凄まじいギャップにパラが苦笑する中、ゴーゴンは軽々と巨大な荷物を背負い、パラの頭をガシガシと乱暴に、しかしひどく温かい手で撫でた。

 「さあ行くぜ、パラ! まずは路銀を稼がねえとな。この『超ワガママな神獣様』を見世物にして、町でひと稼ぎさせてもらうとするか!」

 黄金の神獣カーバンクルと、手癖の悪いヤギ、空を飛びたいアヒル。そして、自由を手に入れたばかりの少年と、情に厚い蛇髪の鍛冶師。

 奇妙な一行は、新たな冒険と路銀を求めて、朝の喧騒が始まりつつある表通りへと、並んで歩き出した。


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