旅支度
大通りから一本道を逸れれば、先程の喧騒が幻に感じるくらい静かだった。だが、誰もいない訳でもない。路地の隅や影にひっそりと佇んでいる。力なく壁に身体を預けて俯いている者に至っては生きているのか。じっとりと淀む空気に、薄暗く退廃的な街並み。一皮剥けば、そんなものだ。特に大きい街程、明暗がはっきりとしている。俺自身はこちらにいる方が肌にあう。
もう2本ほど路地を曲がれば、目指していた扉に辿り着く。看板も無い、民家の様の簡素な木戸を開けると、ひょろりと痩せた男がカウンターに頬杖をついて居眠りをしていた。
「おい、やってるか?」
「んぅ? おう、シド」
こちらにニヤリと笑いかけてきた男は、そのままの体勢で、クツクツと喉を鳴らす。
「久し振りじゃねぇの。まだ、生きてたか」
「まぁな」
「暫く来やしねぇから、とっくにおっ死んだと思ってたがな」
男の軽口に肩をすくめる。昔馴染のこの男に言われると、別に悪い気はしない。
「で、今日は何が欲しいんだ?」
「ちょいと遠出する。いい鞄がありゃあ、頼む」
「あいよ。ついでに、食料もつけとくか?」
「腐ってないならな」
「言うじゃねぇの、シドの癖してよ」
造り付けの棚をゴソゴソと漁っては、カウンターの上に次々と品物を並べていく。
「そう言えば、お前、この間も魔法鞄買っていったろ?」
「ああ」
「あれはどうした?」
奥に入った品を出そうとしているのか、こちらを見ないまま、腕を突っ込んでかき回している男に、どう答えたものかと顎に手を当てる。
「あれなぁ」
「ああ、うちの店にしちゃ、いい品だった」
思い出しているのか、したり顔だ。益々、言葉にし辛い。
「アレがありゃあ、大体は放り込めるだろうしな。鞄なんか要らねえだろうに」
「そうだな」
「で、どうしたんだ?」
答えるまで続くようだ。仕方なく溜め息をついてから、口の中で言葉を転がす
「…した」
「なんだって? 聞こえねぇな」
「だから、…した」
「はっきり言えよ、シド。鞄はどうなったんだ?」
そのニヤニヤとした顔で分かる。こいつ、分かって聞いてやがる。
「だから、壊したんだ」
「壊した! あの、魔法鞄を壊したってか!?」
大袈裟に驚いてみるその姿に、なんだか無性に殴りたくなってくる。
「そうだ」
「かーっ、何をどうすれば壊せるんだよ? 逆にこっちが聞きたいわ」
成る程、壊れた理由が聞きたいと。まぁ、隠すことではない。
「火炎龍を入れようとした」
「か、火炎龍だと? お、おまっお前!」
カウンターの中でニヤついていた顔が驚愕に染まる。そして、天井を仰いで目蓋を手で覆う。
「火炎龍と言やぁ、希少な魔獣で、その身体は捨てる場所がないほど素材になる奴だな、そうだろう?」
「違いない」
「で、だ。あれは確か、城もかくやのデカさを誇る生き物だったよな?」
「そうだ」
ぶるぶると身体が小刻みに揺れている。正直に話しただけだが、何故奴は震えているんだ。
「俺が出会ったのはまだ幼体で、そこまでじゃなかったがな」
「幼体だって十分デカいだろうが、このバカ!」
ハァハァと荒い呼吸から、一度深呼吸してコチラを睨見つけてくる。
「今のはオレへの、グスタフ様への挑戦状として受け取った」
「いや、それは」
「皆まで言うな! こっちにもプライドがある」
急にカウンターを出たグスタフは、その薄い身体を震わせながら力強く進んでいく。そして、奥の扉を勢いよく開けた。そのまま鼻息荒く中へと消えていき、何やらデカい音を立てては、ひとりで叫んでいる。言葉ですらない。
「これなら、どうだ」
「ああ」
「見ただけで納得すんな! まずは聞け!」
以前買った魔法鞄と同じ、何の変哲もない革の鞄だ。ベルトに通して固定するタイプで邪魔にならないのがいい。
「コイツはダンジョン産の魔法鞄だ」
「成る程」
「興味ねぇな、本当に!」
「入れば構わない」
さっさと手に取ろうとすると、その手を遮られる。いつもと違い、目が血走っている。
「どれだけ入るか試したやつがいてな、商品積んだ荷車ごといった。元々、入口のサイズは魔法鞄には関係ねぇからな」
「それは、お前だな?」
「バレたか。いや、まあそれは置いといてだな」
曰く、まだ行けそうだったので、追加でもう3台、荷物満載の荷車ごと収納したが問題なかったらしい。
「この間のよりは遥かに入るんだ、次に火炎龍にあったら入れて試してくれ」
「会うこともないと思うが」
「シドなら大丈夫だ」
そんな太鼓判はいらん。いい品なのは分かったが、そうなると別の問題が浮かんでくる。
「いくらだ?」
「勿論、相応の金額は貰うぜ」
耳元で金額を告げられ、思わず顔を顰めた。想定の十倍はする。
「魔法鞄、しかもダンジョン産。容量だってピカイチだ」
「分かるが…」
「お得意様割引して、この金額だ」
ニヤニヤ笑っている男を再度、殴りたくなった。だが、いい品ではある。どのみち必要なものだ。こちらも腹を括るべきだろう。
「物納はできるか?」
「物納な。良いぜ、買い取りもしてるしな」
「これは釣り合うか?」
腰の鞄からズルリとそれを取り出して、カウンターに置いた。
「おい、コイツはまさか、まさか…」
「火炎龍の爪だ」
「怖いわ! まるまる一本この大きさ、持てる訳ねぇだろ!」
シド自身も気合を入れないと持てない。一抱えもある太さでカウンターを占領する程だ。
「本当は、装備にしようと思ったんだがな」
「まぁ、だろうな。立派だ」
「どうだ、釣り合うか?」
「…しかたねぇな」
それで手を打ってやるというと、鞄の中に先に並べていた携帯食料、固形燃料など旅の必需品をその鞄に詰め始めた。鼻歌を歌っているので、機嫌は良さそうだ。
「次は丸ごと入れて来いよ」
「あったらな」
しつこく言ってくる。魔法鞄を装備し、その様子に満足げなグスタフに礼を言って店を出たが最後の声には答えられなかった。
『また来いよ』
その言葉に出来たのは、振り向かずに一振りすることだけだった。




