3・斑紋の赤ずきん②
争いにケリがつき、黙々と歩き続ける。そのうちに朝日が昇ると、不変しない景色には明るい色が見受けられるようになった。この辺りの木は、紅葉化が着々と進行しているようだ。
更に奥へ奥へと突き進むと、その色はどんどん濃さを増していった。なめらかで優しい薄黄色は、キュルビス(カボチャの一種)のように色鮮やかになり、茶色の葉はほのかに赤みがかかったものと黒が混じったものとに分かれる。それらは風が吹くと、心地よい葉ずれの音を奏で、親元を離れたものは、空間に、空に、色をつけた。
目を見張るほど美しい木々。その中には、栗やリンゴの実をつけているものもあった。
根元にいがからこぼれた栗が落ちていると、ハンスと赤ずきんはあっちにもあるこっちにもある、と栗拾いを楽しみながら道を歩いた。
「ほら見て、あか、ずきん。僕、こんなに、大きな栗、拾っちゃった!」
ハンスは自分の鼻よりも一回り大きな栗を赤ずきんに見せて、ズボンのポケットに突っ込んだ。歩くのと拾うのとを両立させているので、必要以上に息を弾ませている。
「おお! すごいなハンス! そんなに大きなものも落ちているのか!」
赤ずきんは自分も負けじと、目と首を働かせた。最初はただ、目についたものを拾い集めていくだけだったのに、いつの間にか、どちらがより相手よりも大きいものを見つけ出せるかの勝負に発展していた。
「集めんのは一向に構わねえんだけどよ。お前ら、はぐれるんじゃねえぞ」
片手に持ったリンゴをくちゃくちゃ食べながら、オオカミは言った。前を行くオオカミと狩人、そして後ろでのろのろ歩いているハンスと赤ずきんとの間には、大分距離が開けている。なので、声のボリュームを上げねばならなかった。
ハンスと赤ずきんは、地面に顔を向けながら「はーい」と返事した。半分聞いていないと見える。二人の様子を見て、らちが明かないと見取った狩人は、道の先に見えた成熟し切っていないリンゴの木を目安として、通過した際には拾うのをやめるよう二人に言った。リンゴの木を過ぎた後は、とりあえず命令には従ったものの、一度火がついた二人の収集魂はなかなか収まらなかった。しかし、栗の実の小さいのばかりが散見してくるようになると、少しずつ鎮火していった。
歩きながら、ハンスと赤ずきんは互いに収集の成果を見せ合った。ハンスは両ポケットから、赤ずきんは肩からさげている紐付きバスケットから、溢れんばかりの栗を取り出す。
最終的に勝利を掴み取ったのは、赤ずきんの方だった。通過点であるリンゴの木の近辺で、ギリギリハンスのものよりも大きいサイズを発見したそうだ。
赤ずきんは、ハンスに勝った事をとても嬉しがった。そしてバスケットの中から、深緑色で縦長のガラスビンを取り出し、勝利に輝いた栗だけを中に落とした。
「そのビンは何?」
ハンスはおもむろに尋ねた。元々はぶどう酒が入っていたのだろう。ビンの表面に張り付いている薄汚れたラベルには、ぶどう畑のイラストが描かれていた。
「ボクの宝物が入っているんだぞ」
赤ずきんはビンをハンスに渡して、見せてくれた。ビンには先ほど新たに加わった栗の他にも、いろいろ沈んでいる。一の目の赤色がはげかかったサイコロ、手触りの良さそうな丸い石、人間のものと思しき歯、可愛い花の形のボタン、白けたかたつむりの殻、ピンクと茶色のしましまリボンテープ……。
女の子が好みそうなものから、何でこんなものまで? と、首をかしげるようなちょっとおかしなものまで、様々だった。
「このビンは、ボクのばーちゃんがくれたものなんだ。ボクの心が、これは特別だと感じたものを入れるといいって」
「コルクに『五』って数字が書いてあるけど、これは?」
「五本目っていう意味だ。他の四本は、ばーちゃん家に飾ってある。ビンの中をいっぱいにして、ボクの特別をたくさん増やしたいんだ」
「へえ、そうなんだ」
ハンスは感心した。だが、ビンを傾けた際のこと。赤ずきんが特別だという品々の中から、油の塊みたいな、黒くて得体の知れないものがべチャッと内側に張り付くと、ハンスは心臓を飛び上がらせ、押し付けるように赤ずきんにビンを返した。
秋の雰囲気漂う森を抜け、四人は川辺へ出た。清冽な川では、水面上を落ち葉が優雅に滑り、後を追うようにして魚が泳いでいる。静けさが浮き立っているだけに、川上から流れてくる冷たい風が、余計に骨身に染みる。
川筋に沿って、石がごろごろ転がっている中を行く。足場が平らではないので、木箱の中の本があちこちにぶつかってうるさかった。荷車の車輪が石を乗り越えられず、足止めを食らう事もしばしば。オオカミ以外の三人も、押し出すのに協力しなければならなかった。
そうして浅瀬の川にかかる小さな橋を渡り、対岸へ着くと、ハンス達はまた森へ入った。
三十分ほど歩くと、大きく開けた場所に出た。高々と切り立った崖に円形状にかこまれていて、地表には一面、コスモスの花が咲き誇っていた。
「おかしいですね。人が足を踏み入れた形跡がありません」
狩人は踏み倒されたコスモスが一輪もない事に気付いて言った。
「場所は確かに地図通りではあるのですが、〈ベルドモンガロウ〉と〈バードンホール〉とを繋ぐ経路には、馬車も通るはずです。目立った道があってもいいんですが……」
「単純に、その地図が古いんじゃねえの? その地図、村からの貰いもんだよな。それなのに、太っちょなんかはほとんどが村にこもりっきりだって言うじゃねえか。だったら、大いに有りうる話だぜ」
なあ? と、オオカミはハンスに話を振った。ハンスはうーんと唸る。確かに道が変わっていたとしても、村から出ない僕らにしてみれば、何の痛痒も感じないだろう。
「どうすんだ? このまま行き止まりじゃねえ事を祈って、開拓された道がないか探すか?」
オオカミは狩人を見て提案した。
「ボクはこのままの道がいいと思うぞ!それでもって、花の冠をつくるんだ!」
「赤ずきん、目的の趣旨が違います」
「いいじゃないか狩人! こんなにたくさんの花があったら、冠を作らずにはいられないぞ! これは女のサガなのだ! 使命なのだ! 運命なのだ!」
「主張の意味が分かりません。生憎男なもんで」
狩人はぴしゃりと突っぱねた。
「仕方ありませんね。早めの休憩も兼ねて、今後の行動を練るとしましょうか」
狩人は拳銃の弾倉に弾が入っているのを確認して、一人、先に道が続いているのか視察に向かった。残された三人は、火にくべる為の木を拾い集める事になった……のだが、早くも一人、仕事を無視して独断行動に走る者が現れた。
「赤ずきん、狩人さんに怒られるよ。木、拾おうよ」
虫食い葉っぱのある小枝を拾いつつ、ハンスは声をかけた。赤ずきんは作りかけの輪っかから、顔を上げる。
「うむ、今作ってるのが終わったら、ちゃんとやるつもりだ」
そう言って、また赤ずきんは冠づくりに没頭した。器用とはいえない手つきで、小さな輪っかにコスモスの茎をくぐらせる。ちゃんとやると断言しておきながら、最終的には事が先延ばしになるという結果に至るのがお決まりというもの。それを何度も味わって来ているハンスは、やれやれと腰を低くして、落ちている枝を拾った。
「ま、長居するわけでもねえし、俺ら二人だけでも事足りるだろ」
両腕に太い朽ち木の枝を抱えたオオカミは、ちょいと花冠に目をやる。
「ばーさんにも花摘んでやったらどうだ、赤ずきん。喜ぶんじゃねえの? あっちの方が、お前の好きなピンク色の、大量に咲いてるぜ」
「おお! 本当だ」
オオカミの示す方向に赤ずきんは目を輝かせると、彼女はすっ飛んで行った。赤ずきんの走った後に、わっと桃色、赤、白の花びらが舞い踊る。これはもう、完全に僕の忠告を忘れているだろうな。ハンスは集めた小枝を荷車に乗せて、息をついた。




