3・斑紋の赤ずきん①
翌朝。軽い朝食を済ませて、一行は日の出ていないうちに夜を明かした場所を離れた。辺りはまだ薄暗く、ランタンの光だけでは視野が十分に開けない。木々が周囲を取り巻く闇と一体化して、光の届く範囲を狭めているのだ。その上空気も冷えきっていて、体温を奪っていく。寒さを堪え切れないあまり、ハンスはなかなか寝付けず、満足に休めなかったくらいだ。屋根や壁など、隔てるものが何もない中で眠るのは、こんなにもきついものなのか。
そんな厳しい環境下で一際目を惹くのは、赤ずきんの存在だった。ハンス達が寒さを凌ぐものを着こんでいるのに対し、赤ずきんだけは普段着の、あの露出度の高い格好のままだった。
「赤ずきんは、寒くないの?」
ハンスは先頭を切って進む赤ずきんに声をかけた。すると、
「ぜーんぜんっ!」
赤ずきんは明るく言った。腕やへそをむき出しにしていれば、どう考えても寒いに決まっている。それなのに、ウソや強がりを微塵も感じさせない言い方だった。
「信じられないでしょう。ですが、赤ずきんはいささか、私達一般人とは違うんです」
狩人が口を開いた。
「赤ずきんは、野育ちなんです。二、三年前に森の中で初めて出会った当時は、言葉も話せない孤児で、赤いずきんのみを身に付けた格好でした。おくるみの代わりだったのでしょう。驚きましたね。それでいてしなやかに、機敏に木々の合間を駆け抜けていくのですから、寒さなんてものともしないんでしょうね」
「二、三年前って……。随分最近の事なんですね」
ハンスは驚き、鼻をすすった。
「言葉はどこで覚えたんです? 短期間で覚えたにしては、あんまり違和感ないですよね。まさか、ウサギやクマなんかに教わったなんて事は──」
「私が教えました」
狩人は誇らしげに胸を張った。
「大分成長してから教育を施したので、一筋縄ではいきませんでしたがね。脱走を図るわ、オオカミは必要のない知識を与えるわ、脱走を図るわ、とにかく脱走に脱走を重ねて、それはもう大変だったんですよ。特にマナーの部類は、困難を極めまして。世間に引っ張り込む以上、固く縛られた礼儀作法の紐を解く必要がありますからね」
狩人は、いかにしてスプーンとフォークの持ち方を教示しただとか、うがいした水を飲んではいけない事を指導したかなどを、熱く語って聞かせた。服装の問題については、世間に通じるものではない事は重々承知しており、これでも服をきちんと着る事を躊躇う赤ずきんが妥協した結果なのだと言った。規則に厳格な彼としては、耐えられないものがあるだろう。狩人の口ぶりからして、何度も苦労を積み重ねた末の断念だと思われた。
「一人称は?」
ハンスは少しでも温めようと、冷えきった手を忙しなくこすり合わせて言った。
「男だったらおかしくも何ともないですけど、赤ずきんは女の子ですよね。どうして自分を指す語が『ボク』なんですか?」
「あー、えっと、それはですね……」
狩人は口元をひきつらせた。非常に言いにくそうに、「そうですよね。そうなんですが……」と、まごついている。
「それは、そいつのミスだ」
話を聞いていたオオカミが、介入してきた。
「しゃべれた方がいいってんで、言葉を教えたまではよかったものの、こいつ、一人称を変えずに教育してたんだ。『"僕"は朝食にパンを食べました。──さあ、赤ずきんも一緒に言ってご覧なさい』ってな具合に。ようやく気付いた頃にゃあ手遅れ。すっかり根付いた後だった」
オオカミの話は続く。手痛いミスを犯してしまったと嘆いた狩人は、その後一人称を「私」に変更して、再度教育を試みた。しかし結果は変わらず、あろうことか狩人自身の一人称が変わってしまったのだそう。
オオカミが「マヌケだよなあ、こいつ。普通はもっと早くに気付くだろ」と指差して嘲ると、狩人は、キッ! と睨みをきかせた。
「それはあなたにも言える事ですよ! 途中で気付かなかったあなたも同罪です。私一人の責任ではありません!」
「俺は知ってた」
オオカミは言った。
「何か面白そうだったし、いつ頃気付くかっていう興味もあった。根気強く人に教えるなんてのはガラじゃねえから、あんまし関与はしなかったが、第三者が気付かないわけないだろ。そっちの方がマヌケだっつうの。──チッ。あと何週間か気付くのが遅けりゃあ、"奴"との賭けに勝って、武器の修理費用がチャラになったのによ」
最後の一文を、狩人に聞き取れないようにぼやくオオカミ。自分に非があると悔やんでいた狩人は、この新事実に激怒。言葉にならない口で、オオカミの言行に文句を言った。
歩みが完全に止まってしまった。ハンスは大人達から、目線を赤ずきんに移す。話題の中心人物である赤ずきんは二人には目もくれず、地面に膝をついて、巣穴から出てきたリスと遊ぶのに夢中になっている。
どちらからも突き放されてしまったハンスは、一人溜息をついた。




