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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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常に不合理な世迷い言

「始まったね……」


 時は少し戻り、エレフィアの拿捕からカリスの襲撃が始まった頃。療養所で治療を受けていたアルジェンタは、マナの揺らぎを先んじて感じ取った。直後、爆発音が耳朶に突き刺さる。


「……あれ、フォラム?」


 応えがないことを不審に思ったアルジェンタが身体の向きを変えると、隣の病床のフォラムが起き上がろうとしているところであった。しかし、上体を起こすと折れた骨が痛み、立ち上がることもままならない。


「無理だよ、僕たちは戦えない。皆に任せるしかない」


 自嘲気味に呟いたアルジェンタは、すぐ側から鋭く硬い音が聞こえたために、びくりと肩を震わせた。横の寝台からは、荒い呼吸が――。フォラムが遣る瀬ない感情の捌け口として、寝台の外枠を選んだ音だった。


「……そんなことしても、君の怪我はよくならない。今は治すことに専念しなきゃ」


「うるさいっ!! 養生してたってどうせ、この戦いが終わるまでに治せやしないんです!! だったら、私が潰れてしまったって構わない、戦わせてください!!」


 苦しげなフォラム、だがその苦しさは、怪我のせいではないだろう。戦いたいというのは、彼女の、武芸を極めんとする態度故ではないことは明らかであったが、だからこそ、アルジェンタは止めぬ訳にはいかなかった。


「君が行っても、ろくに活躍できる訳がない。不用意に動いて敵に捕まって、殺されたら君は……」


「うるさい、うるさいうるさいうるさいッ!!」


「…………」


 フォラムの気持は分かる。彼女の性格をよく知るアルジェンタは、何となく、彼女がそのように振る舞うであろうということは予想できていた。だが、論理的に正しいのはアルジェンタの方であるのだ、いくらその思いが清く正しかろうが、仲間の足を引っ張る結果を産ませる訳にはいかぬのだ。



 二人が、意地の張り合いを続けていた、その時であった。凄まじい爆発音が、二人の部屋の真上から響く。そして、それに反応する暇を与えず、瓦礫の雪崩が二人を襲った。非情にも病院を狙った爆撃は、二人の置かれた状況を、さらに深刻なものとしてしまった。



「……なんだかなぁ、本調子ならどうにかなったかもしれないけど」


「世迷い言です……、怪我をしていたことは、一切の言い訳にはなり得ません」


 病床から投げ出された患者たちが、右往左往として逃げ惑う。薬品と治療器具が、そこら中に飛び散る。ゆっくりと身体を起こし、避難を試みたフォラムは、脚部への激しい痛みに、思わず声を上げた。ひときわ大きな瓦礫が、彼女の足を押し潰すように転がっていたのだ。


「大丈夫!?」


 歩み寄ってくるアルジェンタもまた、左足を引き摺っている。彼女が頭を振ると、頭からはパラパラと砂塵が舞った。


「どこまで……、どこまでも私は……」


 自身の運が悪かったとは、フォラムは考えていない。これらの苦難は全て、自身の力量の不足であったと、彼女は考えていたのである。


 フォラムは自分のすぐ側に、抜き身の大刀が転がっているのが見えた。入院していた何某彼某のものであろう。もしこれで潰れされて自由の効かない足を切れば、という短絡的な考えが生じた彼女は、それに手を伸ばす。しかし、誰かの足がそこに迫ってきて、その刀を蹴り飛ばしてしまった。暗い希望の光が消え、愕然とするフォラムは、その足の主、涙を目尻にいっぱいに溜めた、アルジェンタの顔を見つめた。


「お前、何考えてんだ……!!」


 はっきりと怒気を含んだ口調で、アルジェンタは額をつけ合わせんばかりにフォラムに詰め寄る。飄々としているように見えて、その実かなり我の強いアルジェンタであるからして、この意地の張り合いはきりがない。


(どうする、このままだとフォラム、迷いなく死を選ぶぞ……)


 尚も説得を試みるアルジェンタだったが、それを中断せざるを得ない事象が降りかかった。飛龍を降りたカリスの集団が、迫ってきたのである。


「うわっ、逃げろー!!」


「カ、カリスよっ!!」


 逃げ惑う人々には目もくれず、カリスの戦闘員たちは二人の大魔導師に近寄ってくる。


「逃げてください、アルジェンタ。貴女まで死ぬことはありません……」


「君を置いてかい? ……できる訳ないだろ。くそっ、魔法が使えれば……」


 アルジェンタは、自身の掌の上で、現れては消えていく、小さな魔法陣と格闘していた。カリスとの戦闘で、魔法の行使が困難になった彼女は、夜も寝ずに試行を続けていたのだが、この危機に際しても尚、その成果は現れなかった。


「大魔導師だな?」


 先頭の男が声をかけてくる。その男に、フォラムは見覚えがあった。黒魔術師とは思えない、屈強な体躯の壮年の男性。アンリの右腕である闘将、レギウスであった。


「昨日は取り逃がしたが、まぁそれも、伐木の下準備だったと思えばいい。……大人しく、魔力を差し出してもらおうか」


 レギウスが右手を掲げると、背後に控える戦闘員たちが、一斉に携帯していた銃を向けてきた。万一防御魔法が使えたとしても、マナを含まぬ銃弾は防ぐことはできない。万事休す、である。足元が崩れていくような絶望感に、フォラムが打ちのめされかけたその時、彼女の視界に、何かが被さってきた。


「……えっ」


 フォラムは、向けられた銃口から彼女を守るかのように、目の前を覆ったアルジェンタの姿を見、喫驚の色を隠せなかった。当のアルジェンタもまた、自身の行動に納得がいかないという風で、首をひたすらに傾げている。


「うわ、何してんだ僕。不合理この上ないな……」


 金の大魔導師の打算的、合理的な性格からして、逃げる可能性を捨て去る行為は、確かに不合理の極みである。ただ、最期になってそうしてしまおうと考えたのは、フォラムに感化されたからであろうか。それとも、何かの可能性を感じたためか――。


「それが答えか、大魔導師。だが、それも一つの正解よな」


 一頻りその様子を眺めて、満足気に頷くレギウスは、しかし厳しい表情を一切緩めない。彼が高々と掲げた右腕を合図に、一斉に発射の準備が整う。


「さぁ、逝け。そして我らが覇業の礎となれ!!」


 乾いた銃声が、折り重なってこだました。

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