無差別攻撃
「……『大噴水』」
ヒカルの背後から、誰かの詠唱が聞こえた。その発声によって出現した魔法陣から、大量の水が吹き上がる。水の大魔導師、シレーヌの、咄嗟の目くらましである。
「今の内に、さぁ、早くっ!!」
シレーヌの必死の叫びに、一斉に皆が走り出す。それを嘲笑うかのように眺めるアンリは、片手を上げて、部下に指示した。
「……ふぅ、マナは敵の制御下か。……私は対抗術式を練る。お前たちは、計画に従って、行動を開始しろ。……行けっ!!」
傷ついたエレフィアを、ヒカルとシレーヌの二人がかりで抱え上げる。上空から、背後から、次々と襲い来る攻撃を避けながら、大魔導師による気配遮断の魔法によって、姿を眩ませて退避する。だが、いくら見えなくても、存在が消えるという訳ではない。虱潰しに攻撃されれば、いつかは当たってしまう。
エレフィアを捕えた辺りから、凄まじい爆発と共に、建物の崩れる衝撃音が伝わってくる。流石の破壊力を持った魔法だが、防御魔法を使えば被害は少なくすむはずである。だが、漂ってきたのは、黒魔術特有の淀んだマナではなく、火薬の臭いだった。
「まさか……、爆弾を投げたというの……!?」
ヒカルは、爆弾とは物騒なものだという感想しか覚えなかったが、サーマンダ公国の面々は、それ以上の当惑を覚えたらしい。魔法を使えば、爆弾を作るために必要な火薬を使わずに、同等の効力を得ることができる。何故、わざわざ火薬爆弾を用意したのか。その答えは、実に単純であった。
「魔法じゃないってことは、防御魔法で防げないんじゃ……」
アテナの指摘は、的を射ていた。カリスの非合理的な行動の目的、それは、防御魔法を始めとした、サーマンダの住民が得意とする魔法を使わせないことである。
「でも、どういうこと!? フルール、その子が言ってたことが正しければ、カリスは黎明の書を狙ってる可能性が高いって……」
「無差別攻撃……、一体どういうことだ……」
カリスは黒魔術を用いる組織、当然魔術でもって戦いを挑んでくると踏んでいた面々は、その真意を掴めずに困惑した。これではまるで戦争である。ただ本を手中に収めたいというだけならば、ここまでの混乱を起こす必要はないはずであるのに。
「…………うわぁ、そういうことか……。一杯食わされたな……」
「お前……、何か分かったの……?」
要領を得たような表情のエレフィアに、不本意ながら治療を施しているフルールは、やや険のある口調で問うた。エレフィアは、傷口に置いていた手を地面の下に向けて、失笑した。
「アンリのやつ……、私の術式を書き換えたんだ。サーマンダの城壁の周りに仕掛けた魔法具、解除してないでしょう?」
流石の大魔導師といえども、たった一晩では城外の魔法具まで手が回らなかった。城壁内部のマナを操れるようにすることで精一杯だったのである。そのことは既に分かっているという風のエレフィアは、大魔導師ですら気がつかなかった、恐ろしいアンリの作戦を語り始めた。
「つまりアンリの目的は、私や君たちが知っていたように、魔導書や、その黎明の書、だっけ? ともかく、そんなところにはなかったってことさ。それは、城壁内全体に広がったこの魔術式が証明している」
大魔導師以上にマナに敏感なエレフィアは、アンリが上書きした術式が、一体どんなものであったのかを、即座に見抜いていた。それは、獲物を捕らえて逃さない蟻地獄であり、まるで蝿取草のように、標的の魔力を吸い取ってしまうものであった。この上で人が意識を失って倒れれば、さながら落水が漏斗を伝って落ちるかの如くに、アンリは魔力を集めることができるのだ。
「それじゃ……、あの子の言ってたのは、勘違い……?」
「ハァ……、そうとも、限らないけどね」
宮殿周辺の住民は、前もって外郭部分に避難させた。カリスの狙いが黎明の書であれば、宮殿付近ではかなり激しい戦いとなることは必至であったからである。だのにカリスは、住民が多くいるその外郭部に攻撃を開始した。魔法で防ぐことのできない物理攻撃でもって。
フルールは、自身のもたらした情報が、一般の住民たちの多大な被害に直結したのを感じ、ただ茫然自失としていた。裏の裏の、その裏をかくアンリの狡猾さも、囚われの少女の願いも、今のフルールの頭からは抜け落ちてしまっていた。
「フルールさんっ!!」
誰かに呼ばれたような気がした、いや、明確に誰かがフルールの名を口にしたために、彼女ははっと我に返った。その目の前に、木製の箱のようなものが降ってくる。住民が二階から誤って落としたのか、しかしそんなはずはない。住民は皆、避難しているからである。
「エレフィア、掴まって……!」
立ち上がったフルールは、エレフィアの腕を肩に回し、後方に向かって満身の力で引く。間違いなく、あれは爆弾だ。マナはほとんど感じられず、先程の声がなければ気づくことはできなかったかもしれない。爆発の衝撃から身を守るため、フルールはしっかりとエレフィアの手を握り、魔力を蓄える。
「怪我人から魔力取るとか……、ひどすぎないか?」
耳元で発せられる声に、フルールは一切耳を貸さない。力が臨界したのは、爆発の直前。彼女は、いつもの大人しげな振る舞いからは想像のつかぬ迫力でもって、呪文を唱えた。
「……『大樹』ッ!!」
路地を塞ぐように出現した巨木は、爆風と飛散物から、二人を守り切った。ズタズタに破壊された巨木の両脇には、破壊された石畳の塊や、建物の窓のガラス片が散乱している。そこに人間がいたとしたら、大怪我を負っていたところであった。
「……早く、早くカリスを止めなきゃ…………!」
日の光を反射して、燦々と輝くガラス片に、フルールは、はたと自らの使命を思い出したのだった。




