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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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白黒つけぬ故の齟齬

 つまりは、こういうことである。マナの流れによって、周囲の状況を判断する術を奪われたエレフィアは、視覚、聴覚といった、魔力以外の情報でもって戦わねばならなくなった。しかし、だからこそ、マナによってもたらされる情報には、かなり敏感になるであろうというのが、逆説的に立てられた仮説であった。


 エレフィアに接近することができたヒカルは、自分の存在を彼女に認識させることで、戦闘に持ち込む。同時に、接敵時から気配遮断の効果を弱めていき、完全に彼女の注意をヒカル一人に向けさせる。そして、頃合いを見計らい、気配遮断の魔法をかけたアテナを投入するのだ。


 エレフィアが自分の身体に生え出た角からマナを得て、魔法を行使できることは、折り込み済であった。だから、わざとヒカルが倒された振りをしたのである。攻撃を防いだのは、ヒカルではなく、姿を隠していたアテナであった。特訓の成果もあり、ヒカルを防ぎ切るために最適な盾を作り出し、彼の身を守ったのだ。


 そして、エレフィアがアテナに注意を向けるよう、アテナの気配遮断を解除する。目の前の少女に気を取られたエレフィアは、背後から忍び寄るヒカルに気がつかなかったのである。


 かくして、ヒカルとアテナ、そして気配遮断の術式を編んだ大魔導師三人の手によって、強大な魔道士であるエレフィアを、互いにほぼ無傷の状態で捕獲することに成功したのだった。



「まさか、こんな子供に出し抜かれるなんて……。ちょっと演技が上手すぎやしないかい?」


 魔法を無効化する外套を被せられ、すっかり縮こまってしまったエレフィアが、苦笑しながら呟く。魔法を使うことのできぬ少年と、防御魔法という持ち駒しか持たぬ少女。いたずらに強大な魔力を持った二人だからこそなし得た作戦である。脇からその様子を見ていたフルールは、二人に対する評価を、密かに向上させていた。


(まぁ……、まぐれだけじゃ、ここまではできませんかね……)


 この二人がワルハラで出会い、行動を共にしていることには、確かな意味があった、フルールたち大魔導師は、その考えが確信に変わるのを感じていた。


「……それで、話って何だい?」


「その前に、エレフィア、貴女の持っている情報を、私たちに聞かせて頂戴」


 ジェームの言葉に、エレフィアは頭に手を伸ばしながら、ぽつぽつと語り始める。途中、肩にかかった外套がずり落ちそうになったが、それを自ら押さえた様子を見るに、抵抗する気はないらしい。


「……元はといえば、アンリが私を探してきて、提案してきたんだ。サーマンダ公国にある魔導書を手に入れるついでに、私を追放した人間たちに復讐しないかって」


 その標的は、紛れもなくエレフィアを取り囲む大魔導師たちである。思わず後ずさる彼女たちに、乳白の髪の乙女は、悲しげに笑った。


「いいよ、私はたった今、君たちに負けたんだ。この状況を無理に覆す気はない。それに……」


 顔を上げたエレフィアの目は、先程までの諦念を帯びたそれではなかった。何か別の激情を宿して、ヒカルとアテナを捉える。


「こんな危険を冒してまで私を“生け捕り”にしたのは、私とアンリの関係を断ち切って、あわよくば味方にできると踏んだからなんだろう? 一体君たちは、いや、アンリは何を隠しているんだい?」


 流石に、合理的思考でもって黒魔術師のアンリと行動を共にし、作戦を遂行してきただけのことはある。利己的な行動原則に依拠する彼女の脳の回転と、鞍替えの速さには舌を巻く。気圧されたヒカルだったが、自分たちが持つ情報から推測した可能性を、彼女に示した。


「カリスの前触れなしの襲撃があったのは、二日前。その時は、まさかカリスが黎明の書を狙っているだなんて、皆思っていない。もしそれを奪うことだけが目的なら、面倒な下準備も何もいらない、警戒もさほどされていないその時に奪ってしまう方がいい」


「それは、奪取の確実性を高めるためだった、という反論ができる。アンリは、私と同じ位の合理主義者だ。彼なら今夜の失敗の危険より、子供をさらってきて、強固な魔術式を作る危険を取るだろう。出たとこ勝負なんて手は、少なくとも彼は取らないよ」


 試すようなエレフィアの態度に、含み笑いで応じたのは、ジェームであった。少々の苛立ちを覚え、睨みつけんとするエレフィアの鼻先に、土の大魔導師は指を突きつける。


「そうなると、何故、貴女を仲間に引き入れたかが分からないのではなくって? ヒカルに魔法具の仕込みの現場を目撃され、挙句記憶消去にまで失敗した貴女は、はっきり言ってアンリにとっては害にしかならない。それなら、彼が直接魔法具を設置した方が早いはずだわ。それをしなかったということは、彼の目的は、貴女の知るそれではないってことなのだわ」


 ジェームの言葉にエレフィアは、なるほどね、と首を縦に振った。計算高く、また強力な黒魔術師であるアンリのことである。サーマンダ公国内部に潜り込む必要があるならば、彼自身が行くのがもっとも確実である。


 しかし、自分自身が反駁材料となる可能性は、エレフィアの予想の外にあったようで、彼女は心底意外といったような表情を浮かべた。


「何故、アンリは味方であるはずの貴女にまで嘘を伝えたのか。その理由までは分からない。ただ、アンリの計画通りなら、月蝕の日の夜まで貴女は、アンリと手を組んだままだ。彼の目的は、そこまで連帯関係を維持しておいて、貴女に計画の邪魔をさせないことにあったんじゃないか……?」


「……つまり、私がアンリに騙されていなければ、合理主義者の彼の性格と矛盾が生じる。だから、アンリとは手を切れと……」


 ヒカルたちの立てた仮説を聞き届けたエレフィアは、二度三度頷き、脳内でそれを反芻した。一同が固唾を飲んで見守る中、彼女は口を開いた。


「分かった、確かにアンリの行動には疑問点が多い。私だって、あいつのためにやられるのは嫌だ。でもそのために、君たちに協力するのも嫌だ」


 それはつまり、アンリと手を切る。しかし、サーマンダ公国とは手を組まないということである。さっと外套を脱ぎ捨てたエレフィアは、距離を取りつつ身構える一同を尻目に歩き出した。


「どこへ行くつもりだ!?」


 ヒカルの声に、エレフィアは飄々と応えた。


「ふふっ、気に入らんアンリを()しに行くのさ。その後、君たちの相手をすることにしよう」



「……何、それには及ばんよ」


 突如響き渡る声、その声の主をいち早く見つけたエレフィアは、愕然として立ち尽くした。ヒカルたちが示した可能性の、その大本の部分が真実であったことを、彼女は思い知らされたのだ。


 彼女が見上げる頭上には、大量の飛龍が、空を覆い隠さんとするかの如くに、その翼を広げている。その戦闘を飛ぶ、ひときわ大きい飛龍の背に、猟銃のようなものを構えた痩身の男、アンリがいた。


「嘘だ、計画の開始には早すぎる……!」


 愕然とするエレフィアに、アンリの高笑いが降りかかる。


「少し気づくのが遅すぎたようだな、恨むなら手前の浅慮を恨めよ!!」


 躊躇いなく引かれる引き金と、立ち上る硝煙。ほんのまばたき一つの間に、エレフィアは膝から崩れ落ちていた。

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