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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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十重二十重の罠

 翌朝、サーマンダを取り囲む森の中、朝日とともに目覚めたエレフィアは、昨晩、自分が点けた焚き火が消えていたことに気づいた。冬の足音が聞こえてくる時期、朝晩の冷え込みは強い。彼女の中の人の部分は、温もりを欲していた。


(いよいよ今晩か、昼の内にヒカル君を……)


 サーマンダの城壁の方を見やったエレフィアは、思わぬ光景に絶句した。いや、表面的な城壁の姿形は変わらないのだ。問題は、そのマナの流れである。いくら彼女が指を振るっても、マナは如意にはならなかった。


「…………なんで!? まさか術式が、書き換えられた……?」


 城壁の内部で安穏としていた人間たちに、エレフィアの策に勘づくことはできないはずである。だが現に、彼女の魔法を打ち消す対抗術式が構築されている。しかも、単に膨大な魔力を用いて上書きした訳ではなく、エレフィアが巧妙に城壁の内外に忍ばせた魔法具の効果を解除した上で、サーマンダ公国側が主導権を奪取している。


 考えるよりも先に身体が動く。森の中の獣道をひた走りつつ、エレフィアは、自身の獣としての血を呼び起こす。



 宮殿へと向かう通りは、普段に比べて閑散としている。今夜に山を張ったアレキサンドラの布告のためであろうと、エレフィアは考えた。このままでは目立ってしまうため、姿を見えなくした上で、気配遮断の魔法を使う。これでいかなる魔道士に対しても、触れられない限りは認知されない。


(確かにここら辺に仕掛けたはず……。あっ!)


 エレフィアが覗き込んだ路地に、彼女が仕掛けた魔法具が転がっている。認識阻害の効果を付与した上で、人の入り込まないような場所に設置したのだから、たまたま野良犬か猫が触れてしまったのだろうか。そう簡単に魔法具の効力がなくなるとも思えなかったが、とにかく今の彼女は、計画に外れぬようにしようと焦っていたのだ。


 彼女の指が、路地に転がる半球状の黒い物体に触れた瞬間、まるで、大気を切り裂く稲妻のような音が響き、骨を震わせる程の衝撃が指から腕を伝い、全身へと広がっていった。


「……うぁッ!?」


 思わぬ痛みによって、彼女は路地から投げ出された。大通りにもんどり打って倒れ込んだ彼女は、麻痺した右腕をかばいながら、状況を整理しようと試みる。魔法具に触れようとする人間を遠ざける術式を編み込んだ覚えはなく、また勝手にそう変じることはない、ともすれば。


「はめられた……ッ!!」


 作戦の、裏の裏をかかれた、と呆然と立ち尽くすエレフィアは、建物の影から誰かが刀を手にして出てきたことに、その切っ先が届こうとする距離に詰め寄られるまで気がつかなかった。すんでのところで攻撃をかわしたエレフィアは、呼吸を整えながら、その人物に正対する。


「やっぱり君か……。あの夜、変な気を使わず、殺しておくべきだったか」


「その迷いが、貴女の敗因です……!」


 刀を構え直した少年、ヒカルは、果敢にもエレフィアに戦いを挑んだ。幸い、サーマンダ公国の城壁内部のマナは、全てアレキサンドラや大魔導師の制御するところである。マナの供給がないことに、エレフィアは戦闘が開始されるまで気がつかなかったはずだ。この回りくどい意趣返しは、フルールの発案であった。術式を打ち消すだけでなく、城壁の内部のマナを自由に扱うことができれば、戦況は、一気にサーマンダ公国側に有利になるはずである。


 しかし、現実はそう簡単にはいかなかった。ヒカルの鋭い薙ぎを、エレフィアはいとも簡単にかわす。もう少しで刃は彼女に届きそうであるのに、ヒカルの攻撃の全てが、回避される。


(エレフィアの周りにマナはないはずなのに……)


「少年、見てみろ。私の頭を」


 エレフィアに言われるがまま、ヒカルは肩で息をしながら、目線を上に持ち上げた。するとどうだろうか、エレフィアの頭の両脇から生い出た鹿角が、濃い紫色に光り輝いている。


 それを見たヒカルは、はっと思い出したような表情を浮かべた。サーマンダ公国へ来る途中に見た、龍狩りの様子。あれは、龍の体表の魔力鉱石を採取するためのものだった。あの棘のような鉱石には、ふんだんにマナが蓄えられているという。そしてそれと同じものが、彼女の頭にもついているという訳だ。


「嘘だろ……、それじゃ、まさか魔法も!?」


 マナを遮断してしまえば、魔法は使えない。魔法の使えない魔道士など、並の人間以下である。そう踏んでいたヒカルたちの、大きな計算違い――、勝負あったと、エレフィアは思った。


「『火山(ヴルカナ)=噴火(イレプト)』ッ!!」


 エレフィアの詠唱の直後、地面が盛り上がり、円錐形の土塊が現れた。いや、ただの土塊ではない。くぐもったような、あぶくの弾ける音と、どくどくと脈打つような衝撃が地面を通じて、ヒカルに伝わってくる。これは、火山だ――。


 ヒカルがそのことに気づいた直後、轟音とともに、火山は溶岩を吹き上げる。赤い濁流は、何ら魔法を防ぐ術を持たないヒカルをまたたく間に飲み込み、すぐに岩石へと変貌を遂げる。焼死、圧死、窒息死、いずれにしても、エレフィアはヒカルの命運を断ち切った。


「これで始末できたな……。さて、術式を上書きして、夜までにアンリに合流しないと……」


 立ち上がり、岩塊に背を向け、歩み出すエレフィア。その目の前に、また別の人物が立ち塞がる。エレフィアから一目で分かる程に、凄まじい魔力を持った青髪の少女、アテナである。


「これはこれは、あれは君の彼氏だったかなぁ。ごめんね、彼、石になっちゃった。……でも私だってやらなきゃいけないことがあるからさ。…………さっさとどいてよ」


 アテナは無言で頷いて、そうしてすっと人差し指を立て、エレフィアを、否、エレフィアの背後を指差した。


「私たちだって、やらなきゃいけないんです。……どうか、話を聞いてください」


 エレフィアの首筋には、陽光を反射して煌めく刃があてがわれている。その存在に気づけなかったのは、マナの流れを操られ、さらにアテナという格好の囮があったからである。エレフィアは、ゆっくりと右肩の方へ首を回した。そこにあったのは、傷一つなく刀を構える、黒髪の少年の姿であった。


「そう簡単にやられる程、俺たちは考えなしじゃない。言う通りにしてくれ」


 そう、それは全て作戦であった。エレフィアを懐柔するための状況を作り出す、はったり、ブラフであった。エレフィアは、自身の焦りと短慮が招いたこの状況に、ただただ落胆した。

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