嵐の会合
「マルク・バルフォエ、今戻ったぞーっ!! ちゃんと代金持ってきたぞーっ!!」
すっかり日も暮れてしまってから、やっとマルクは昼の食事の代金を持ってきた。夕飯の時間帯ではあるが、カリスの襲撃以来、夜には客が来ないために、店は閉まっているも同然の状態であった。扉を開けた逞しい男、タウルスは、大きなため息をついた。
(臭ぇな、コイツ。料理人なのに歯ぁ磨かないの?)
そんな失礼な考えは、口に出さなくとも伝わってしまったらしい。タウルスは、不快そうな色を顕にしながら、ひったくるように硬貨を受け取った。
「しめて三十五デカロン、丁度だな。しかし逃げられたかと思ったぜ」
流石に彼は騎士である、約束を破ろうという気は毛頭なく、例え何日かかろうとも、代金は工面する覚悟であった。いや、何日もかかっていたのでは、大問題であるが。
しかし、代金を受け取ったタウルスは、間髪を入れずに扉を閉め、鍵をかけてしまった。ヒカルを連れ帰ろうと黙って待っていたマルクは、鍵のかかる音に困惑した。扉を強く叩いて、タウルスを呼び戻そうとする。
「おいこらデカブツ! ヒカルはどうしたんだよ!?」
「煩いわい!! あの子供なら、サーマンダの宮殿から使者が来て、連れて行ったわ!! ちゃんと代金を払ってな!!」
タウルスの剣幕に、マルクはたじろいだ。そのまま唖然として、店の明かりが消えるまでそこに立ち尽くしていたが、ふとあることに思い至った。
「あっ!? じゃあ僕が代金持ってくる必要なかったんじゃねぇか!!」
マルクの悲痛な叫びに、しかしタウルスの返答はなかった。夜の闇の中、どうすることもできなくなった剣士は、とぼとぼと宮殿へと戻っていったのだった。
その頃、店から戻ったヒカルと、特訓を重ねていたアテナは、サーマンダの宮殿の最上部にいた。アレキサンドラからの緊急の呼び出しがかかったためだ。
「そんなひどいことになってたんですか……」
昼過ぎから飯屋において軟禁状態にあったヒカルは、大魔導師の惨状を聞いて愕然とした。同席する大魔導師、ジェームとフルール、そしてシレーヌは、どうにか戦えるまでに回復したが、残る二人は満足に戦うことはできないようであった。
「それで、俺は何をすれば……」
思わず刀の柄を握りしめるヒカルに、アレキサンドラは告げた。
「私たちは、カリスと、それと連携しているエレフィアという魔道士を相手にしています。カリスの計画が実行に移されるのは、恐らく明日の月蝕の時間でしょう、それまでに、彼女をカリスから引き離さねばなりません……。お二人には、その役をお願いしたいのです」
「…………」
既に大魔導師の手の内は、フルールを通じてエレフィアに知られてしまっている。強力な白魔術に対抗し得る魔法具である大刀を使いこなすヒカルと、まだ手の内を知られていない、防御魔法を得意とするアテナという札を切って、交渉しようという算段である。
「無茶ですよ、だってアテナは防御魔法しか使えないんですよ? 黒魔術の強さは、俺たちも身を持って知ってます。直接戦うなんて……」
少女の身を案じるヒカルに、アレキサンドラはなだめるように声を落とした。
「今から夜通し、エレフィアの魔法に対する対抗術式を練ります。明日には、我々の自由にできるマナの余裕が生まれるはず。そうすれば、エレフィアを出し抜くことが可能です」
彼女の手には、青い装丁の魔導書が開かれている。その内容はヒカルには分からなかったが、つまり、主導権をこちらに引き戻すための術式が書かれているのだろう。しかし、その範囲は限定的である。
「というか、そもそもそのエレフィアって人は、どんな格好をしてるんですか。それが分からないと、俺もアテナもどうしようもありませんよ」
ヒカルの疑問にアテナも頷く。姿が分からないでは、おびき出すこともできない、それがエレフィアであると判断できないのであるのだから。何やら話しづらい様子のアレキサンドラに代わり、今日この日にエレフィアと戦い、そして敗北したフルールが口を開く。
「エレフィアは……、白銀の鹿の長とその巫女の間に生まれた、半獣半人の魔道士です……。白く肩まで伸びた髪、赤い目、頭には紫がかった魔鉱石の角が生えていて……、腕は人間ですが、腰から下は鹿の形をとっています…………」
「それって……、まさかあの夜の!?」
ヒカルには、その身体的特徴に合致する人物を見た記憶がはっきりと残っていた。咄嗟に放った嘘のおかげで、ヒカルはその記憶を保持していたが、果たして、彼女はそれを知っているだろうか――。
「ヒカルは、そのエレフィア、って人に会ったことがあるの?」
「アテナが特訓のためにアレキサンドラさんを訪ねた日の夜にね。確か、迎賓館から見える通りを歩いてたはず……」
ヒカルの発言に、サーマンダ公国の面々は面食らった。そして、興奮をこらえながら、矢継ぎ早に確認をとる。
「ヒカル、それは間違いないのかしら?」
「何故、そんなところに……」
「決まってるわぁ、マナを操る術式を仕込むためよ! シレーヌ!」
「……はぁい」
アレキサンドラの鋭い声に、気だるげに反応する水の大魔導師、シレーヌ。しかし、その声の調子とは裏腹に、先程まで戦傷の治療を受けていたとは思えぬ動きで、街へと急いでいった。
「これで術式が大分練りやすくなったわ、私たちもやるわよ!!」
生気を取り戻したアレキサンドラが、勢いよく声を張り上げ、部屋を飛び出していく。それに続く大魔導師の内の一人、フルールが、ふと思い出したように、驚倒するヒカルとアテナに言い残していった。
「あの……、お二人は明日に備えて、身体を休めて、いてください……」
こうして、アレキサンドラの求めた会合は、ヒカルの語ったある夜の出来事を契機に、嵐のような激しい展開を見せ、終わったのだった。




