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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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離反工作

 フルールがサーマンダ公国の城壁の中に戻ったのは、その日の夜であった。いつも通りの手続きを門番としている時に、彼女はその門番から、他の大魔導師たちがどのような惨状に置かれているかを聞かされた。無事であったのは、他の大魔導師がいない中、サーマンダ中心部を守っていたジェームただ一人であり、重傷で担ぎ込まれたフォラムと、見回りの途中でカリスとの偶発的戦闘に巻き込まれたアルジェンタとシレーヌ、今はいずれも、来たるべき戦いに耐え得る状態にはなかった。そう考えているフルール自身もまた、乳白の髪の獣人、エレフィアによって魔力を多分に吸い取られていたために、その例に漏れなかったのである。


 さて、門から城内に入ったフルールを真っ先に出迎えたのは、留守を守っていたジェームであった。恐らく、フルールを探しに行きたいが、マナの乱れの中では分が悪く、何より襲撃があれば国を守らねばならない彼女は、ひたすら歯痒い思いを我慢して待っていたのだろう。


「あっ……、貴女っ、どこにいたのよっ……!」


「もしかして……、ジェーム、泣いてる…………?」


「そんな訳じゃないのだわ……、でも私、皆が心配で……」


 どうやらこの童女の心の内なる葛藤は、フルールの想定を超えていたらしい。声の震えに気づいたからか、それとも話し続けていれば涙が溢れかねないと思ったのか、ジェームはそれきり黙ってしまった。



「御婆様……、このフルール、カリスの根城より戻って参りました……」


 宮殿の中において、フルールは改めてアレキサンドラと対面した。ここのところの心労が重なったためであろうか、恰幅がよく、極めて豊満であるはずの彼女が、どことなく痩せたように見える。


「よかったわぁ……、貴女とは最後まで連絡が取れなかったから、どうしようかと思ったのよ……」


 やはり、この口振りでは、サーマンダ公国の城壁の内にあった人々は、自分たちがエレフィアの仕掛けた罠にはまっていることに未だ気づいていないということである。彼女の魔術式の巧妙なところである。


「御婆様……、伝えたいことが二つございます……。一つに、あのエレフィアが帰ってきました…………」


 アレキサンドラは、あぁ、やはり、と弱い悲鳴を漏らした。絶望の色が濃く差し込み、椅子から崩れ落ちそうになる。その様子を横から見ていたジェームは、やはり自分の予感は当たっていたのだと悟った。何はともあれ、エレフィアという災厄に似た存在の可能性を、前もって伝えておいてよかった。前触れもなく、その来襲を告げられれば、またたく間に恐慌状態に陥るだろう。先の報告が、精神の緩衝材として働いていたのだ。


 とはいえ、カリスとエレフィアという二つの強大な敵がいるというのは、揺るぎない事実である。そして悪いことに、フルールと対戦したエレフィアが、勝手に喋り立てた内容を信じるとすれば、両者は協調関係にあるのだ。その上で、両者の相手をせねばならない大魔導師の実力は半減している。公国側の勝ちの目は、かなり薄い。


「万事休す、ですか……」


「それと、もう一つ……。カリスが狙いは、あの黎明の書である可能性があります…………」


 フルールの(ひそ)めいた声に、アレキサンドラの目が大きく見開かれる。どこか、この本が黒魔術師の手に渡れば、間違いなく悪用されるという予測は立っていたのだ。だから、禁書として公女自らが管理していたのにも関わらず、カリスはそれを嗅ぎつけたということだ。


「フルール、分からないのだけれど、何故相容れないはずの両者が手を組んだのかしら。いくら合理的判断とはいえ、白と黒は対極に位置する概念……。エレフィアはともかく、カリスの首領、アンリがそれを肯うとは思えないのだわ」


 ジェームの指摘もまた、的を射ている。黒魔術の、白魔術に対する敵愾心は、その逆の比ではない。何故なら、少数派である黒魔術の陣営は、白魔術陣営を明確に敵と定めることによって連帯を強めてきたからである。対して白魔術は、黒魔術と対立する存在だと自認しつつも、歴史的に数的優位性を覆されたことがなかったために、むしろ黒魔術の存在自体を禁忌とする方向へと舵を切ったため、差別的な風土が生まれても、鏡写しの巨大な敵愾心にはつながらなかったのだ。故に、合理的判断という理由は、状況から見れば十分あり得るものの、心情的な面で些か信じがたい。ともすれば――。


「カリスは、何らかの目論見があって、エレフィアを抱き込んだ、ということかしら……?」


「恐らくは……。……両者の関係を断ち切るなら、その事実を元に揺さぶりをかけるのが……、いいと思います…………」


 僅かではあるが、勝つ見込みが生まれた。しかし、アレキサンドラには迷いがあった。かつて、自らが追放を命じたエレフィアが、自分の元に帰ってくるだろうか。追放を実行した大魔導師に恨みをぶつけていた彼女が、共闘を望むだろうか。懊悩するアレキサンドラに、フルールは強い語調で訴えた。


「二対一の状況が……、一対一対一に変わるだけでもよいのです……! もし片方が片づけば、もう片方も倒してしまえば…………」


 黙考の末に、アレキサンドラは頷いた。迷いを頭を振ることで取り去った公女は、普段の目の輝きを取り戻していた。


「分かったわぁ……、決戦は明日の夜。何とかエレフィアを引き剥がすわよ……!!」


 戦いは、既に始まっている。まずは、エレフィアによって操られたマナの流れを、こちらに取り戻すことである。

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