暗い思惑と通気口
フルールは、石造りの古城の地下にある部屋に、白髪の少女に連れられてやってきた。この少女のために特別にしつらえたであろうその部屋は、紅を基調とした豪奢な調度に囲まれて、まるでワルハラの王宮のようであった。
「貴方たちがいると気が散ります。上に行っていなさい」
フルールを支えながらやってきたカリスの構成員たちは、その見張りもするつもりだったのだろうが、この少女がそう言うならば、と階段を上がっていってしまった。彼らが見えなくなったのを確認した少女は、大きくため息をついて、強張った肩を解すように上下させた。
「あの……、貴女は一体…………」
フルールの問いに、少女は、先程とは打って変わって朗らかな声で応じた。
「良かった……。フルールさん、でしたっけ。大魔導師の方なんですよね?」
そのあまりの変化の激しさに、フルールは混乱したが、質問の内容は事実であるために、ゆっくりと頷いた。
「あの……、危ないところを助けていただいて……、ありがとう……、ございます……」
少女は、にこりと笑いかけてきた。何も隠すもののない、純白の表情に、フルールはこの窮地で、やっと信用できる人間に出会えたのだと、ほっと胸を撫で下ろした。
彼女の名はブランカ。ブランカ・ラヴスという。サーマンダ公国に住む、中流の魔法使いの家の一人娘として育てられてきた。しかしそれは、あくまで建前である。彼女には、双子の姉がいたのだが、双生児を忌み嫌うサーマンダ公国の伝統故に、幼い頃に引き剥がされていたのだと、ここに連れてこられてから知ったのだという。そして何故かブランカは、カリスの人間たちから、女王のように敬われ、尊ばれている。その理由までは分からなかったが……。
「聞いたことがある……、かも……。確か、すごい魔力を有していたけど……、不吉な双子だったから、黒髪の赤子を捨てたって…………」
「それが、カリスの皆さんに引き取られたみたいなんです。……引き取られたというより、拾われた、という方が正しいと思いますけど」
ブランカが目をやった、その部屋の寝台に、彼女と同じ位の背格好の少女が横たわっている。顔も瓜二つであるが、ただ一点、毛の色は漆黒である。対象的にその虹彩の色は、姉の方が妹である自分より薄かったのだと、ブランカは語った。どうやら深く眠り込んでいるようであるが、夜を主な活動の舞台とするカリスに囚われてきたのだ、夜型の生活習慣が、身に染みついてしまっているらしい。
「この子が私の姉の、ノアーラっていうんです。実感が湧かないですけど……、でも、顔はそっくりなんですよね」
確かに、彼女にとっては生き別れの姉の存在というのは、些か衝撃が強いであろう。波乱含みの再会は、しかし、カリスによって仕組まれていたことであった。
彼女の聞かされた情報によれば、魔法使いの娘である双子を揃えたのは、やはり何らかの魔術儀式の、核とするためであるということであった。その目的までは分からないが、カリスという集団の特性上、サーマンダ公国に多大な害を及ぼすものであることは間違いないだろう。
「アンリ、カリスの首領が、また城内に乗り込むと言ってました。宮殿の公女様を倒そうとしてるのか、それとも何か別の狙いがあるのか……。例えば、奪いたいものがあるとか……」
(宮殿、奪いたいもの……、もしかして、あの本じゃない……?)
フルールの頭の中に真っ先に思い浮かんだのは、アレキサンドラが、ヒカルとアテナに対してその内容を明かそうとした秘密の書。この世界の黎明についてを描いた、数少ない神話の一片を収めた本。それは世界言語とは異なる言葉で綴られており、黒魔術のような外法にも通じるものがある。
それに黒魔術の一派には、神と人との仲介者にして審問者、神話の世界より今に至るまで、この地上を席巻する存在である裁き人を崇拝、信奉し、その手先を騙って公然と殺傷行為を行うものがあり、カリスの性格はそれと非常に似通っているのだ。
しかしどうだろう、その本が目的であれば、先の襲撃の際にも奪うことは可能であったはずである。あの時は大魔導師三人とアレキサンドラが城下へと繰り出してしまったため、宮殿にはフルールとジェーム、ヒカルとアテナ、そして締め出されたマルクしかいなかった。アンリたちが総力をもって本の奪取を試みれば、彼に十分の分があるはずである。ともすれば、彼の狙いは、一体……。
考え込むフルールを見つめるブランカは、部屋の外をうかがうと、そっと声を潜めて、フルールに耳打ちした。
「この部屋には通気口があります。多分フルールさんなら、通り抜けられるはずです。私には何の力もないし、ノアーラを見捨てては行けないけど……。でも、フルールさんならきっと、サーマンダの皆にこのことを伝えられるはずです」
フルールは、少女の真っ直ぐな瞳を見ていた。確かに、黒魔術とあの神話の書が組み合わさった時に、何か良くないことが起きるであろうということは予想がつく。最早、マナの流れが悪いことを言い訳にしている場合ではない。
「今すぐにでも行かなきゃ……。貴女のことも……、きっと、助けるからね……!」
ブランカは、大魔導師が覚悟を決めたのを見て、顔を輝かせた。少女は部屋の隅にある鉄格子のはまった通気口を手で示した。少女の力ではどうにもならなかっただろうが、幾分か回復してきた大魔導師の突破できない障壁ではなかった。フルールは、何とか死の淵から脱することに成功したのだった。
アンリとレギウスが、捕囚の様子を見に来たのは、脱出からややあってからだった。双子だけが取り残された地下室、破壊された鉄格子、何某かをやり切ったような顔を隠す白髪の少女。アンリはその状況を見、ゆっくりと呟いた。
「よくまぁ、やってくれた……」




