闘将相穿つ
突き上げるような衝撃と、口内に走る血の味。しかし地面に叩きつけられる瞬間、フォラムは体勢を立て直して、受け身を取る姿勢に入る。
「流石に、拳術を修めた変わり者だけのことはある。他の大魔導師は、肉弾戦には慣れていない。防御魔法は、魔法を防ぐことはできても、物理攻撃一般には効果がないからな」
そう話す男、アンリは、得意気な表情を浮かべている。心なしか、自身の作戦に心酔しているようなきらいがあって、それがフォラムの鼻につく。
「よそ見をするなぃ!!」
ゆっくりと立ち上がるフォラムの脇腹をめがけて、凄まじい突きが襲いかかる。アンリの右腕である、屈強な男、レギウスの拳が、抉るようにフォラムの肢体を傷つけていく。
「マナの流れを操られて、まともに戦えるのはお前だけだろう、だから今、こうやって相手をしてやってるのだ。サーマンダの滅亡を見ずにすむのだから、まぁ、せいぜい感謝して死ね」
黒魔術師によって構成される、違法な魔法集団、カリス。その外法は、終にマナの操作にまで及んだのかと、フォラムは回らぬ頭で考えた。マナの巡りが悪く、身体は思うように動かない中、攻撃を受け続けているのだ、回るものも回らぬという風である。
フォラムの打撃には、いつもの速さとキレがない、レギウスの厚い胸板を焼き切る炎を出すことも叶わない。いつもならば渾身の一撃となるはずの正拳突きが、いとも容易く弾かれる。
(何故です……、やはり魔術と拳術、二つの道を極めんとするのは、些か不埒であったというのですか……)
自身の生き方に対する、大きな後悔。それが首をもたげた時、フォラムの動きに迷いが生まれた。それを見逃すレギウスではなかった。腹の肉に拳がめり込み、その勢いで身体が折れ曲がり、足が地面を離れる。そしてそのまま、木に叩きつけられる。
「――ッあ!?」
理解の追いつかない程の一撃、口から垂れ流される嘔吐物には血が交じる。内臓系も、その内のかなりが傷ついているのだろう。なおも立ち上がろうとするフォラムであったが、力を入れようとすると激痛が走る。恐らく、何某かの骨が折れたのだ。
「首領、もういいでしょうか」
木の下で、完全に動けなくなったフォラムを見下ろして、レギウスは自らの主に尋ねる。アンリは無言で頷いた。もういい、もういいとはどういう意味なのだろうか。それを考える力は、もうフォラムには残っていなかった。
「よし、術式を展開する。おい、魔導書をこちらに」
アンリが求めたのは、真っ黒な装丁の分厚い本であった。恐らく黒魔術についてが書かれているであろうそれは、マナを感じられないフォラムからも分かる程に、禍々しい気配を放っていた。
(嫌だ……、まだ死にたくないです……。あの人にまた会うまで、死ねない、死ねないのに……!)
懐に手を忍ばせる。幸い、カリスの面々には、それが傷口を押さえる行為として映ったらしい。隙を狙ってフォラムは、胸元から大きな火の魔鉱石を取り出した。その魔力故に、常に不安定なそれは、奇跡的にレギウスの攻撃によって破壊されていなかった。これが至近距離で爆発すれば、アンリとて、ただではすむまい。
「むっ、危ないっ!!」
しかし、それを投げつけるには、残っている力があまりにも少なすぎた。予備動作に気づいたレギウスは、放り投げられる魔鉱石を、自らの魔法で弾き飛ばした。打ち上げられた魔鉱石は、空中で大爆発を起こしたものの、アンリたちには全く被害はなかった。
「残念だったな、もう詠唱は終わる。苦しまずに逝けるだけありがたいと思うのだな」
そう、レギウスが呟く。どことなく悲しげなその声音は、白魔術と黒魔術の違いはあれど、魔術と拳術の二つを操ろうとする者同士、どこか通じるところがあったからこそ、発せられたものであろうか。しかし、その温情も同情も、黒魔術に手を染めた者からかけられるならば、フォラムにとっては願い下げであった。
「ふふっ、終わりだ、火の大魔導師。その身体を捧げ、我が覇業の糧となるがいいっ!!」
魔導書が光を発し、フォラムを取り囲むように魔法陣が出現する。これによって、フォラムは体内の全ての魔力をむりやりに吸い取られ、枯れ果ててしまう。
叩きつけられるような感覚と共に、全身から肉や内臓が削げ落ちていくような痛みが襲いかかる。身体に溶け込んだ魔力を、全て吸い取る勢いに、思わず意識を失いそうになる。だが、最後まで諦めまいと、ひたすらに耐える。頭のどこかで、確実に大きくなる死の可能性を、必死に押さえつけながら――。
「あー! 可愛い女の子を虐めてるやつがいる!!」
いきなり響くその声に、アンリもフォラムも、一瞬耳を疑った。あまりにその場にそぐわない発言に、思わず吹き出してしまうカリスの一戦闘員、それを、声の主は聞き逃さなかった。
「……あーっ、そう。僕を笑いますか。……ちょっと本格的にキレてきちゃったんですがねぇ……!」
次の瞬間、一陣の風が吹きつけ、フォラムを取り囲んでいた魔法陣が消えた。それもそのはずである、風は、アンリの手にしていた魔導書を、千々に切り裂いていたのだ。ふっと浮くような感覚があって、フォラムは艱難の責苦から解放される。
「だっ、誰だ貴様!!」
怒りに声を震わせるアンリは、彼とフォラムとの間に立ち塞がる、黒服の男に問う。その男は、にやりと笑みを浮かべ、恭しく辞儀をした。
「こんにちは、僕は通りすがりの名もなき剣士。可愛い女の子の頼れる味方さ」
あまり頼りがいのなさそうなすかした声で、男は高らかにそう名乗ったのであった。




