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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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峻谷の賢者

(すごく……、森が騒がしい…………)


 そう、森は伝送鉱石が伝える呼び出しにも気づかせない程に騒がしかったのだ。木の大魔導師、フルールの言うところの喧騒、それは、森を流れているマナの乱れである。大気中のマナが乱れれば、伝送鉱石の効力も弱まってしまうのである。


(それに……、こんな乱気流じゃ、帰れないよぉ……)


 生来忘れっぽい彼女である、もっとも敏感に感じ取ることができるマナを頼りとして、彼女は森を歩くのを常としてきた。帰る時間となれば、公女、アレキサンドラや、仲間の大魔導師の放つ強力なマナを辿って、道なき森を進むことができるのである。しかし、今の森の状況は、さしずめマナの混濁流である。当然目印も何もない森であるからして、どちらから来たのかさえ分からない。


 何故、これ程までにマナの流れが狂ってしまったのか。考え得る可能性は三つである。


 一つ目に、サーマンダ公国の周囲にある、マナの噴出口の活動が活発になり、大量のマナが流れ出した可能性。自然的に起こることもあれば、先のカリスの襲撃か、或いは別の魔術儀式によって誘発されたということも考えられる。


 二つ目に、強大な魔力を持った、例えば龍のような生物の群れが、一斉に行動している可能性。その羽ばたきで竜巻を巻き起こすとされる龍の大移動は、それだけでマナの流れを変えてしまう。越冬のために南に渡るには時期が早いような気もするが、カリスの襲撃に驚いて、渡りを開始したのかもしれない。


 この二つならばまだよいのである。問題は三つ目、カリスか、或いは別の魔道士が、何らかの目的でマナの流れを狂わせている可能性。マナの流れは、魔法を使う際には必ず考慮しなければならないものである。その流れを自由に操る術式は、かなり高度で使いこなせる者は少ないが、それでも存在しているのだ。このマナの紛乱を操れるのは、大魔導師か、それ以上の限られた術者のみ。恐らくカリスの首領も、その中に入るであろう。


「……、あっ……、龍だ…………」


 途方に暮れて、大樹の幹にもたれていたフルールは、木々の隙間から見える空を、龍が横切っていくのを見た。それも、一頭や二頭ではない、十数頭の飛龍の大移動である。素早い羽ばたきによって吹きつける風と、自身を取り巻くマナに、フルールは安堵のため息をついた。


(二つ目だった……、良かった…………)


 龍の移動によるマナの乱れは一時的なものだ。何もしなくても、一日程が経てば、自然に元の通りになる。


 さて、これからどうやって帰ろうか、或いはどう夜を明かそうかと考えるフルールの頭上に、ひときわ大きな影が覆い被さった。


(大きいな…………、群れのお父さんだな……、きっと)


 そう考えたフルールは、直後、背後から響いた轟音に、反射的に振り返って息を飲んだ。大きな影は、それだけ大きな龍が飛んでいるということを表す訳ではなかった。それが落下してきていたために、錯覚したにすぎなかった。


 何故、龍は落下したのか、それを問う暇はなかった。フルールは、誰かが自分の後ろに立つ気配を感じた。しかし、その人物は、普通の生物なら有しているはずのマナの気配を放っていない。故に手が触れる距離まで近寄られなければ気づくことはできなかった。つまり、放たれるマナを操り、認識に影響を及ぼすことができる程に、高度な魔法を操る術者であるということである。背筋が凍るような感覚を覚えたフルールは、反射的に手を振り払った。


「…………お前は……ッ!!」


 その人物を、フルールはよく知っていた。忘れられるはずもなかった。サーマンダ公国に降りかかった災厄の化身にして、秩序の破壊者。――思えば、サーマンダの森から鹿が消えたのは、全てのそれがこの人物の後を追って、谷に身を踊らせてしまったからである。


「あ、久し振りだね、フルール。何年振り位かね、まぁ、数えるのも面倒くさいけど」


 緊張で、呼吸が止まりそうになるフルールとは対象的に、その人物、エレフィアは穏やかな表情で手を振る。まるで旧友に再会したかのような反応に、フルールは目眩がした。


「一体、何故お前が……、い、今になって…………」


 声の震えは、止めようと思って止められるものではなかった。一方のエレフィアは、変わらぬ調子で返す。


「ちょっと調べたいことがあってね、サーマンダ公国にある白魔術の奥義書を借りにきたんだ。あぁ、あとついでに、……厄介そうな人間を何人か嬲りに来た」


「そのために……、マナの流れを変えた……?」


 当然といった表情で、エレフィアは頷く。マナが届かなければ、いくら大魔導師といえども魔法は使えない。今や、サーマンダ周辺のマナの流れは彼女の掌の上にあるからして、サーマンダ公国側は圧倒的に不利になってしまった。


「まぁね。魔法の使えない魔道士なんて、人間の平均以下だから、大分やりやすくなった」


 恐ろしいことだ、すでに自分たちは策謀にはめられていたのである。彼女の巧妙なマナの操作は、森に入るまで気がつかなかった。もっと早く気づけていれば、とフルールは拳を固く握って、悔悟の念をひたすらに押しとどめた。


「しかし、あのアテナとかいう子も憐れなものだよ。自分だけの実力で勝ったみたいに見せてるけど……、サーマンダ公国のマナの流れは、私が握ってるんだから、当たり前の結果なのにね」


「じゃあ……、フォラムが修行のために出ていったのも…………」


「今頃、アンリが相手してるはずだよ。あいつだけは魔法がなくても肉弾戦に持ち込めるだろうから、早めに始末しないと」


 そう言って、微笑むエレフィア。緻密な作戦の末の勝利を確信したその表情に、フルールは下唇を噛み、怒りと焦りを必死に静めながら、打開策を探った。

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