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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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魚は陸では生きられぬ

 さて、ヒカルが店に取り残されてしまっていたのと同じ頃、サーマンダ郊外の古城跡にて――。


「おい……、これは一体、何がどうなってる?」


 自身が仕掛けた術式の見回りをすませたカリスの首領、アンリは、根城に帰ってみて愕然とした。


 守衛として残した十数人の部下が、一人残らず倒れ伏している。胸や頭を押さえて苦しむその姿は、黒魔術の瘴気に当てられたかのようである。否、その実はむしろ逆である。彼らは、白魔術の放つ気によって苦しんでいるのだ。人が水中で生きられぬのと同様に、魚は陸上では呼吸ができず、死に至る。白魔術と黒魔術の関係は、それと同じである。


 しかし、黒魔術は強力であり、たいていの白魔術師では歯が立たない。そして、この数十人の黒魔術師を一挙に倒してしまうとすれば、可能性は二つ。数で押したか、或いは、大魔導師に匹敵する使い手がやってきたのか。


 果たして、それは後者であった。先程までアンリが座っていた重厚な造りの椅子に、誰かが腰かけているのに、彼は気づいた。自身の部下ならば、首領の腰掛けを奪う訳もない。


「あ、久し振り〜」


 アンリが声をかけるより先に、その人物が手を上げた。朗らかな声は、この惨憺たる光景にまったくそぐわない。その声音に、まったく悪気はなさそうであったが、この状況を創り出したのは、紛れもなく彼女なのである。


「……エレフィア、お前、やってくれたな」


「ひどい言い草だね、私は君のために来たのに」


 鹿角を揺らしながら、乳白の髪の乙女、エレフィアは含み笑いで応えたのだった。



「首領……、うっ、……そ、そいつが例の……」


「無理をするなレギウス、こいつは私に勝るとも劣らぬ術師。しかも白魔術師だ。お前には少し荷が重い」


「いやいや、勝るとも劣らない、じゃなくて、私の方が勝っているからね」


 指を立てて訂正するエレフィアに、屈強なレギウスもたじろぐ。横目で何事かを訴えてくる部下を見たアンリは、目を細めた。部下たちの修練が足りていなかったのか、それとも、エレフィアの力が強すぎるのか。


「しかし、何の用だ。計画は順調だ、陽の子を連れ来た時にも、計画に支障を来たすような障害は見つからなかった。今さらお前が動いたとて、大勢には影響ない」


 むしろ、彼らにとっては悪影響である。彼女は昨日、サーマンダの城壁内部へと侵入し、こともあろうにそれを見られてしまった。挙句に記憶消去の魔法にも失敗したようであるのだから、現時点でははっきりいってしまえば、アンリにとって邪魔でしかない。彼がこの女性、エレフィアに期待するのはただ一つ。その強力な魔力を利用するということだけである。


「いや、それは違うね。大事な要素を見落としてる」


「それは?」


「ヒカル君だよ」


 それが一体誰なのか、アンリには分からなかったが、推し量ることはできる。その人物こそが、エレフィアを目撃した少年であり、倭国から潜入した人間が追っている標的なのだろう。


「しかし、たかだか極東から道楽のために引っ張ってこられた子供だ。どこに恐れる要素があるのだ」


「確かにね、でも、彼の刀は強力な魔法具だよ。そこに彼の剣術が合わされば、ひょっとして……」


「ある訳ないだろう、そんなこと。厄介かもしれないが、それが我々に逆らい得る力を持っているとは、到底思えん」


 自らの発言を、嘲るような語調で遮られたことに、エレフィアは頬を膨らませた。だがその反応は当たり前といえば当たり前である。


「だけど、ゲレインの黒魔術騒動、解決したのも彼なんだって」


「その黒魔術師が二流だっただけさ」


 再三の忠告にも耳を貸さないアンリに、エレフィアは眉を一層強く顰めた。それに伴って、彼女の放つ気も濃くなっていく。これは、黒魔術師にとっては毒ガスを放出されたようなものである。


「……ぐぅっ、しゅ、首領。この女の言う通りにした方が……」


 レギウスの悲痛な呻きに、アンリはため息をついた。この女に場を引っ掻き回されるのは御免蒙りたいところであったが、信頼する部下を傷つけさせる訳にもいかぬ。否応なしに認めさせられる格好となってしまった。


「分かった、じゃあ、その男はお前に任せた。何なら今から行って倒してしまってもいいが、少なくとも、大魔導師の処理を優先してくれよ。こちらの術を見破られてはたまらないからな」


「よろしい、じゃ、ぱぱっと片づけてくるよ」


 そう言うなり、彼女は姿を消した。空気中のマナを変質させて光の屈折を操り、姿を隠す。応用白魔術の一つであるが、これ程完璧に透明化できる者を、アンリは見たことがない。


「あれが黒魔術師でないことだけが残念だ。……どうだ、レギウス、マナの流れはよくなったか」


「は、はい、なんとか。じきに皆起き出すでしょうな」


 幾分か顔に血の色が戻ったレギウスは、辺りを見回した。カリスの戦闘員たちは、余程マナの流れを狂わされたのか、いくらか時間が経っても起き上がってこなかった。


「不甲斐ないな。レギウス、すぐに手当しろ。計画はそのまま進める、月蝕は明日の夜だぞ!」


 檄を飛ばす首領の臨む空、太陽は徐々に西に傾いてきていた。

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