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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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飯場の一騒ぎ

「うし、ここで飯にすっか」


 雑踏の中、マルクを見失わないように歩いていたヒカルは、その声が背後から聞こえてきたことに驚いた。人の流れに逆らわず、しかし流されずに進むマルクに無理についていこうとしたために、いつの間にか追い抜いてしまっていたのだ。幸い、彼の上背は周りより頭半分程に抜けていたので、すぐに見つけることができたが。



「いらっしゃい、何名様です?」


「二人です、二人」


 来店した二人を出迎えた、手巾を頭に巻いた女性店員は、一見ただの人間であった。しかし、厨房へと戻るために踵を返した彼女の臀部には、黄金色の尾が生え出ていた。犬か狐の獣人であろうか、人の遺伝子が顕著に現れているため、体表の毛は少なく、調理にも支障はないようであった。


「さてと、何にすっかな」


 席に着くなりメニューを楽しげにめくるマルク。一方のヒカルの表情は、どこか浮かない。


「あの、お金はどうすれば……?」


 そう、ヒカルの心配は代金にあった。彼はワルハラに来てから客人として扱われ、少なくとも食事に関しては事欠かなかった。いい換えれば、食い扶持、つまり通貨を見たことはなかったのだ。まして、このサーマンダの物価はどのようになっているのかなど、分かる訳もない。だが、その心配をよそに、マルクはメニューを寄越してくる。


「心配すんな、後で騎士団の予算から出っから」


 ヒカルは、鼻歌混じりにメニューを手繰るマルクを見ながらに、騎士団の事務処理を担当しているハルシュタインの顔を思い出していた。きっとこの食事の領収書を渡されれば、何も言わずに、渋い顔で帳簿をつけるのだろう。彼女にすまないような気がして、ヒカルはなるべく数字の少ないものを選んだ。



「はぁ〜、食った食った。なんだ、ゲテモノかと思ったら、案外美味いもんだなトカゲは」


 爪楊枝を咥えたマルクが、満足気に呟く。しかし、せっかくの料理をゲテモノ呼ばわりとは、店員からの鋭い視線が二人に刺さっていることに、彼は気づいていないようだった。常識離れしているというか、図太いというか、ヒカルは半ば呆れながら、スープを飲み込む。


 因みに、ヒカルの頼んだ料理は、薬膳であった。何やら強い苦味が先行する味であり、一気に食べられる代物ではなかった。これがワルハラの郷土料理なのか、それともサーマンダの魔術の文化に関係するのかは分からなかったが、それはともかくとして、まずヒカルの口には合わなかった。同じテーブルに着く、自分の頼んだ料理をゲテモノと口走る青年と、いかにも不味そうに皿に口をつける少年は、店員にとっては目障りかもしれない。早く出ていってほしいと思っているだろうか。


「…………ごちそうさまでした」


「ん、食い終わったか。じゃ、いくか」


 そう言って立ち上がったマルクは、領収書を、隊服の内ポケットにしまい込んで、店を出ようとする。


「ちょ、ちょっとお客様、お金は?」


「え? あぁ、僕騎士団員。代金はワルハラ騎士団の方から後々出ますんで、ご心配なく」


「……当店はつけ払いはお断りしています、即日の現金のみでお支払いください」


 そう言って手を突き出す店員に、マルクは仰天した。彼としては、今までそのようにしてきたので、サーマンダでも通用すると思っていたのだろうが、何せここは、半独立国家であるからして、あまり他者を信用せずに、自分たち自身でどうにかしようとする動きが強いのであろう。飲食店という場においては、それが即日現金払いという形で現れていた。


「マルクさん、その、お金って持ってます……?」


「いや、僕はあんま財布とか持たない主義だから……」


 そうもごもごと話し合う二人の客に、店員はだんだんと苛立ってきた。彼女は、まさか食い逃げをするつもりではあるまいな、と二人が客であることを忘れ、睨みつけてくる。いつしか周りの客たちも、不審な二人組の様子が気になるのか、視線をこちらに投げてきていた。


「あの、お代金……」


「う〜るさい、そんなこたぁ分あってる! 今は持ち合わせがないの!!」


「……こいつらやっぱり食い逃げ!? 店長ーっ!!」


 店の裏側へ呼びかけた店員の声に呼応し、地響きのような音と振動が店を襲う。やけに大きいと思っていた厨房の出入り口の扉が押し開かれ、巨大な影が姿を表す。


「食い逃げだあぁっ!? 誰だァ、俺ん店で食い逃げするような不届きん連中らぁ!」


 ドスドスと足音を鳴らして、にじり寄る店長。それは浅黒い肌に髭をたくわえた、牛のような大男であった。もしかしたら、牛の血が入っているのかもしれないが。そんな彼はテーブルも客も目に入っていないようで、一直線にヒカルたちの方へ向かってくる。


「うわわっ、何すんだ!?」


「ちょっと、スープがかかったじゃない!」


「やめろ騒ぐな、タウルスのことだ、刺激したらまずい……」


 混乱する客、心配気な客、いつものことだと落ち着いた客――。彼らの呟きから推察するに、この大男、タウルスは、自身の店で起こる犯罪や事件に対して、常にこのような激情でもって応じているらしかった。そんなことを考えている間に、ヒカルの目の前に、分厚い胸板が立ち塞がった。


「食い逃げだ? お前も騎士なら同義守れんがいね」


「そのつもりなんですが、これは予想外でしてね」


 しどろもどろになるマルクに、タウルスは怒り心頭に発すといったような風であった。


「国に媚びてっがら、こなときに困るじゃが。……何でもえぃが、代金持っち来るまぢゃ帰さんど!!」


「んな無茶な……。あ、そうだ。こいつ置いていきます! その間に僕、お金取ってきますんで。最悪皿洗いでもさせておいてくださぁい!!」


 名案を思いついた、という顔のまま、マルクはヒカルを押しつけて、逃げるように店を出ていってしまった。一瞬呆気に取られた一同であったが、体よく逃げられたということであろうか。怒りを通り越したタウルスは、ため息をつきながらヒカルを見下ろした。


「お前も大変じゃいの、あれと食う飯は不味かろに……」


「……何か、本当に申し訳ないです……」


 騎士団員というのは曲者揃いの集団であるが、隊長格ともなるとその程度も振り切れてしまうらしい。ヒカルは何ともいえない心地で、ただただタウルスと共に立ち尽くすのみであった。

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