まぐれに発作
「……うわぁ、痛そう…………」
両手で目を覆いながら、指の間から大の字になったフォラムを覗き込むフルールは、青ざめた顔でそう呟いた。大魔導師が、これ程手酷くのめされることは、もちろん稀である。一方、傍らのジェームは、ついこの間も似たような光景を見たな、とぼんやりと考えていた。
(この前は二人がかり、そして今回は一人で……。運がいいというか何というか……、もう運という言葉では片づけられないかもしれないのだわ)
たかが運である、その強さに確証はない。だが、アテナやヒカルの持つ実力は、それだけではないのだと、ジェームはある種の確信めいた心情を抱いていた。まるで強者を倒す道筋が二人には見えていて、自ずとそちらへと引き寄せられていくかのようである。もし、二人が運に頼らず、地力で大魔導師に並ぶ程に成長したらば、もしかしたら――。
「皇帝陛下や御婆様が、何故あの二人を選んだのか、分かったような気がするのだわ」
世界の運命を、人類の方に引き戻す旗手としての最適解が、あの二人なのだと、ジェームは察したのだった。
「フォ、フォラムさんっ!? 大丈夫ですか!?」
着地の衝撃で腰を強かに打ちつけ、痛む脊柱を押さえて立ち上がったアテナは、自分の足元にフォラムが倒れ込んでいることに気づいた。幸い流血の惨事には至らなかったが、脳震盪であろう、すぐには起き上がってこられないようであった。
庭に姿を現したジェームとフルールに、しゃがみ込んだアテナは縋るような目線を向けた。
「あのっ、フォラムさんが気を失ってしまって……。私、フォラムさんをどうしてしまったんですか……?」
あの一刹那に起こった出来事は、経験豊富な大魔導師をもってしても、到底信じられることではない。当事者たるアテナは、自身の身を守るために盾を前面に出して、爆発を避けたのである。その次の瞬間には、盾によってフォラムが倒されていたのだということを、理解できていないようだった。思わぬ状況に狼狽える彼女を安心させるかのように、ジェームが声をかける。
「大丈夫よ、その内に勝手に起きてくるから。しかし……、貴女もよくやることだわ。偶然とはいえ、フォラムを倒すなんて」
(全部計算の内……、だったらかっこよかったんですけどね……)
運も実力の内だというのなら、この少女の実力は九割方が運であろう。フルールは、心の中で冷笑した。彼女には、まだアテナやヒカルが信用し切れていなかったのである。
(そして、フォラムの情けないこと…………。第一、魔術と拳術を組み合わせるなんて……、亜流もいいところですよ……。魔術を極めようとしない態度が弱さを産むんです…………)
フルールからしてみれば、この戦いの程度はかなり低かった。フォラムが大魔導師としての戦いをしていたならば、話は別であるのだが、純粋な魔術とは違う、荒削りな亜流の技のぶつかり合い、偶然と油断が産んだ番狂わせ。そして、それを実力として認めるかのようなジェームの態度。何もかもが無意味に感じた。
そんな屈折した感情を向けられているフォラムは、大分時間があってから、小さく唸り声を上げて起き上がった。頭や身体に痛みは残るが、あまりひどい怪我ではなさそうであった。
「大丈夫、なんですよね?」
心配になって尋ねる、清い心の持ち主であるアテナと、爆発の衝撃の中でも盾を離さない、強者に挑む少女の像が重ならない。その場にいる誰もがそう感じた。
「う、うん……。申し訳ない、私の力不足でした」
そう言ってしょげかえるフォラムは、ややあってから、ぱっと顔を上げた。すでに何かしらの決意を固めた顔であった。
「……よぅし、こうしてはいられません! 私はこれから修行のために山籠りします! 追わないでください!」
「追わないでって、カリスの一件はどうするの……」
呆れたジェームがそう言い終わる前に、フォラムは勢いよく走り出して、庭を飛び出してしまっていた。残された三人は、先程まで伸びてしまっていたのに、すぐに修行に行ってしまうような、彼女の向上心、或いは自己中心的な行動に、覚えずため息の出るような思いであった。
そのフォラムと入れ違いになるように、残る二人の大魔導師が訓練所の庭を訪れてきた。その困ったような、苦笑いを浮かべた表情は、いつものフォラムの発作に遭遇したからであろう。人一倍探究心の強いフォラムのことであるから、何か納得のいかないことがあったのだろう、と二人は予感していた。
「お〜い、ジェーム! 何があったのか教えてくれよ」
「……負けたのよ、貴女みたいに」
アルジェンタは、その言葉の意味を、一瞬見失いかけた。しかし、その場にいる面々の様子を見るに、どうやら誤解がある訳でもなさそうであった。アルジェンタは、心の底から感心したという風で呟いた。
「そいつぁ驚き。御婆様は見抜いていらっしゃったんだな」
運ですよ、どうせ。と言いたいのを、フルールは必死に我慢した。しかし、彼女の対角に立つシレーヌには、どうやら心中を見透かされてしまったようであった。未来へと期待を膨らませつつある雰囲気の中、僅かに視線が交錯する間に、お互いの心情を察した二人は、それにそのまま蓋をしてしまうことにした。




