騎士団小隊長の底力
マルク三度目の消失、しかし今度は今までとは違う。目を開けている間に、その姿が掻き消えたのだ。残像も何も残さず、そこにいたことさえ疑わしくなる程の速さで動いた。これがマルクの真骨頂、到底ついていけない。
(また背後に回り込まれたらまずい)
脇目も振らずに、ヒカルは突出した岩塊の元に走る。背中を岩に預け、前からの攻撃だけに集中する。
(いや待て、マルクさんは正直に前から来るか?)
あの素早い動きなら、例え前から仕掛けたとしても、防ぐことができる確率は五分、いや、三分であろうか。だが、そこに防がれる可能性があるなら、一流の戦士なら避けるはずである。ともすれば――。
(上か!?)
切り立つ岩塊、もしヒカルが前にだけ注意を払っていたのであれば、頭上はがら空きである。頭、腹と、急所ばかりを狙うマルクであれば、上から振り抜くこともあり得る。それはヒカルの考えすぎだろうか、仮に上を警戒したとすれば、身体の前面は隙だらけである。それを狙われれば、確実に三度目の死である。
その時、ヒカルは背後に鋭く伸びる剣の気配を察知した。それは確かに剣の気配であった、枝などではない、マルクの持つべき剣のそれを、ヒカルは感じ取った。背中に冷たい汗が生じる。それが落ち切る前に、ヒカルの身体は動いた。
「上えぇっ!!」
身体を反らせ、反動で刀を振り抜く。今まで頭があった位置には、しなる枝がある。剣ではない、マルクの騎士団員としての気が、ヒカルに錯覚を起こさせたのである。
「おっ、受け止めた」
枝を捉えたヒカルの刀。しかし、いくら力を入れても、引っかかったようになった枝を切り裂くことができない。力任せにしようが、刃の方向を意識しようが、びくともしない。ヒカルは愕然とした。枝だと思っていたそれは、マルクが握ったとたんに鋼鉄の剣と化していたのだ。そんな能力が、あっていいのか。
「僕の攻撃を読んだことは褒める、が、力任せは感心しないな。それじゃあまだ、並の騎士団員と同じだ」
刀が軽くなり、ヒカルは力のこもった刀に振られて体勢を崩す。そうして晒された首めがけて、枝が振り下ろされた。
その後も、ヒカルはマルクによって、完膚なきまでに打ちのめされた。頭、首、腹だけでない、刀を持つ右腕、攻撃をかわすための足を、執拗に狙ってくる。勝利に邁進する姿勢は、老爺のそれと重なってくる。だのにその若さ故か、速さときれがまるで違うのだ。終にヒカルは刀を離さなかったものの、総身が痣だらけになってしまった。
「ハァ、ハァ……。強い、強すぎる……」
肩で息をするヒカルを、マルクがからからと笑う。しかしひどいものだ、実力差がこれ程にありながら、能力を使うとは。まぁそうはいっても、彼の鍛錬であるのだが、ヒカルは納得いかなかった。そのことを指摘すると、マルクは驚いたような、呆れたような顔をした。
「あのな、僕は魔法が使えなくなってんだから、能力も使える訳ないでしょ。だいたい、僕は能力なんて持ってないんだし」
「えっ、でもあの枝は……」
ヒカルがそう言い終わらない内に、マルクは両手で枝を掴み、軽く折ってしまった。呆然とするヒカルは、打ち捨てられた枝から目が離せなかった。
人も道具も、もちろん刀にも芯があるのだと、ヒカルは老爺から聞いたことがある。芯とはすなわち心であり、最も肝要な部分であると。マルクはヒカルの刀を、枝の芯で受け止めたのであろう。そのものの持つ実力を、最大限出し切れれば、火箸でも簪でも、大太刀と互角に戦えると、老爺は豪語していたが……。
「刀を、枝で、受け止めきった……」
「うん、すごいでしょ」
こともなげに言うマルクが眩しく見えたのは、彼の背後の太陽のせいだけではあるまい。ヒカルは初めて、老爺に匹敵する、いやもしくは、それ以上かもしれない剣士に遭ったのである。
「しかしまぁ、君も中々やるもんだ。君の師匠も相当なやり手だろう」
「いや、マルクさんの方が力も強いですし、それに機敏ですよ。……ところで騎士団の団長は、当然マルクさんより強いんですよね?」
マルクは、その問いに苦笑いで答えた。彼曰く、ワルハラ騎士団団長は、隊長五人が束になってかかっても倒せない程に強いらしい。世界の何と広いことか、もしかしたら、その団長を超える力を有した剣士が、まだどこかにいるのかもしれない。そんなことを考えている内に、ヒカルは、既に太陽が南中していたことに気がついた。あれだけ動き回ったために身体は疲弊し、縮んだ胃が糧食を受けつけるかどうかは分からなかったが、ひとまず飯屋を目指して、二人は岩場を後にした。
その二人が打ち合っているのを、物陰からしげしげと眺めていた人物が、ふらりと躍り出てきた。燦々と照る陽光に、紫水晶のような角を煌めかせた人物。昨晩ヒカルの前に現れた、半人半獣の女である。彼女は去っていく二人を見ながら、顎に手を当てて考える素振りをした。
「なんでマルクくん、じゃあなかった、ヒカルくんは、私に嘘を言ったりしたんだろ。……まさか、怪しまれてたのかな」
『怪しまれてたろうな。我々が襲撃計画を実行に移したために、外出に制限がかけられていたから』
女性は、手にした伝送鉱石から流れ出てくる男の発言に、耳を疑った。
「えぇ……、じゃあ虚偽報告されても当然じゃないか。私たち、手を組んだんだろう、もう少し連携してもいいじゃないか」
通信の相手は、女性の恨み節にため息をついた。
『君の口が硬かったら私もそうしたさ、だがそうではないだろう。大魔導師どもに勘づかれるよりマシだ』
吐き捨てるように言う通信相手に、女性は一抹の不安を抱えながらも、仕方なく頷いた。




