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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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蠢く者たち

 翌朝、ヒカルは窓から射し込む光によって起床した。サーマンダの朝は早いようで、夜明けの頃より活動する者もいるらしい。公国の至るところから、ポーションの調合によるものなのか、色とりどりの煙が立ち上っている。


「おはようさん、ちょっといいかい?」


 扉をノックしてから、返事を待たずに開けてくるのは、騎士団のマルクである。ヒカルとしては、昨晩、謎の女性相手にその名を借りていたので、少し気後れしたが、彼はそのことを知る由もなかった。


「ど、どうしたんです、こんな朝早く」


「いや、一段落ついた頃だし、君と手合わせしたくなって」


「えっ……、治療はいいんですか?」


 マルクは、いいんだよ、と手をひらひらと振った。彼曰く、体内の悪性のマナを外に出し切る方法は、マナの循環を盛んにするより他ないそうで、マナが豊富なところならば、わざわざ医師の治療を受けるまでもないそうだ。彼や、彼の部下たちの滞在は、治療というより、静養のためであるといえるかもしれない。



 マルクの手引によって、ヒカルは公国の城壁の外にある、小高い山を目指す。建物を出て、市街地を行く頃には既に日が昇ってきており、朝から忙しく人々が動き回っている。その様子を見ながら、マルクは頭を軽く叩きながら、小さな声でぼやく。


「あ〜、昨日見たはずなんだけどなぁ、まるで覚えてねぇよ。年か? まだ二十八なんだけどな……」


 そう言って彼は、街並みを目で追う。角の背の高い薬屋も、犬面の主人が一人で切り盛りしている商店も、印象的なものもそうでないものも、彼の記憶から消し去られてしまっているようだった。


「まさか、真名……」


「シンメー? 何だそれ」


「…………いいえ、何でもないです」


 ヒカルは、昨日の出来事を思い出していた。件の女性に対し、咄嗟に名乗ったマルクの名前。そして、去り際の彼女の意味深な言葉。ヒカルは、彼女が姿を見られたことを秘匿するために、『マルク』の記憶を消す魔法を使ったのだと確信した。ともすれば、彼女はどうしてそんなことをする必要があったのだろうか。よもや、彼女もカリスの一員ではあるまいか。いやしかし、黒魔術師の放っていたような、おぞましい気配は感じられなかった。一体彼女の正体は――。


「おい、ぼーっとしてんな、そっちじゃねぇよ」


 先を行くマルクが、横道にそれかけたヒカルを呼び止めた。考え事をしていると周りが見えなくなるのは、悪癖である。ヒカルは心の中で舌を出して、早足で追いかけていった。



「危ねぇ、マジで危なかったぜ。……おいおっさん、おっさんが横に太いから気づかれかけたじゃねぇか」


「お前なぁ……、体格をすぐに変えられる訳もなかろうに」


 ヒカルが歩み入りかけた路地、その影に溶け込むように、二人の黒服の男がいる。ヒカルがワルハラに入国した際に、同じ列車に乗り込んでいた人物たちである。ヒカルを倭国に連れ戻そうと画策していたものの、エルヴェによって派遣されたメイド、イーリスに撃退された者たちである。


「まぁいいや、どうせヒカル君は、僕たちのこと知らないだろうし、見られても構わんでしょ」


「いやしかし、もしもということもあるじゃろうに……」


 若い方の優男の楽観的目測に、恰幅のよい老人は頭を抱えた。ヒカルと同様に、彼らは密入国者。しかも彼らは所謂招かれざる客である。見つかってしまえば、外交問題に発展しかねない。今回の戦争において、倭国とワルハラは協商関係にある。もし両者の関係が破綻すれば、互いに不利になるのだ。


「てか、昨日の襲撃は何だったんだろうな。あれで相当警戒が高まってるだろうし、僕たちもまずいんじゃないの」


「分かっておるではないか……、っと、藤光さんか?」


 胸元の伝送鉱石の振動に気づいた禿頭の老人は、黒いスーツを弄って、紫の小石を取り出す。


『……あ、聞こ……、二人とも……』


「聞こえております」


「同じくぅ」


 果たして、通信の相手は、倭国に駐在している男。ヒカルの兄弟子にして、この二人の同僚である、藤光という男であった。藤光は、ゆったりとした口調で、淡々と続ける。


『ヒカル君は、今どこに?』


「はい、サーマンダ公国です」


 老人の受け答えに、藤光は、そうか、とだけ返した。それだけ分かれば十分だったのだろう、それに、長い間こそこそと、路地裏で通信をしていたのでは、怪しまれる可能性が高い。老人は小さく頷くと、元あったように結晶を懐に戻した。


「さて、どう説得しようか……」


「なぁ、もういいんじゃないの? ショージョーさんの言ってたようにさ、自由にさせてあげれば……」


 優男が言いかけた言葉を、老人が慌てて遮る。


「莫迦、滅多なことを言うな。お前がどう思おうが、上の決定には従わにゃいかんのだ……」


「もしかして、おっさんもそっち側?」


 勘繰るように言う優男に、老人は唸った。まったく、このようなことばかり鋭くなりおって、と、深いため息をついたのだった。



 そして、この通信を聞いていた人物が、この二人と藤光以外にもう一人いた。城壁の外縁の森に潜む人物。伝送鉱石による僅かなマナの揺らぎを捉え、瞬時にその周波数を割り出すことができる程に、魔法に長けた人物。


「へぇ〜、ヒカルくんか。記憶消去はどの道間に合わないだろうけど、それにしてもいいこと聞いちゃったなぁ」


 角を指先でなぞりながら、白銀の髪の謎の魔術師は、人知れず舌なめずりをしたのであった。

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