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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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ある夜の邂逅

 サーマンダ公国の『夜』は短い。昼はあれ程活気に溢れていた町から明かりが消え、静まり返っているのだ。平時の王都、ゲレインでは、酒場や繁華街が賑わいを見せている時刻なのだが、サーマンダ公国では普段から、こうした夜を送っているらしい。もちろんヒカルは、その様子を自らの故郷と結びつけていたのだが、それとはどうも事情が違うらしい。宮殿に仕えていたエルフに曰く、夜になると、周りの山の龍が狩りを始めるのだそうで、町の明かりや盛んなマナの授受によって刺激することがないようにしているのだという。このような静かな月夜は、自分の両親を思い出させるようで、ヒカルは感傷に浸るのを常としているのだが、今はそうもいかないのだ。


 ヒカルは、自分が泊まっている、宮殿の側の迎賓館の窓を開けて顔を出してみた。流石にあのような襲撃事件があり、加えてアレキサンドラが外出禁止を命じたために、外をうろつく人間はいない。フクロウか何かの声が、ただ嫋嫋と響くのみである。


(でも、あんな風に安請け合いしてしまって、よかったのだろうか……)


 先程の、アレキサンドラからの懇願を、ヒカルとアテナは、散々迷った末にではあるが承知していた。その上、最後までごねたマルクを説得までしたのだ。何故自分がそこまでしているのか、ヒカルは冷静になって振り返ってみるが、どうも納得がいかない。とはいっても、一度渡りかけた橋を引き返すような、不義理な真似はできない。もちろん合理的な理由があるとすれば、アレキサンドラが所有している、あの本である。失踪事件のみならず、この世界の神話をも収録しているという本を守らねば、事件解決は遠のきかねない。それに、もしかしたら件の黒魔術組織、カリスが真に狙うところも、その本なのかもしれない。直感的にではあるが、ヒカルはそう感じた。


(あれ……?)


 ヒカルは、窓から見える広い通りに、何かの影が動いているのに気づいた。犬や猫、或いは小人にしては、少し大きい。周りの街灯や、建物の高さからいって、ヒカルより少し小さい程度、アテナと同じ位のように思われた。建物の影から影へと、その影は、人目を恐れるかのように動いていく。まさかカリスの斥候かと思ったヒカルは、思わず自身の部屋の壁越しに呼びかけた。


「アテナ、ちょっと来てく……、あっ」


 隣の部屋に通される予定であったアテナにそう言いかけて、ヒカルは思い出した。彼女は部屋に通される前になって、アレキサンドラと大魔導師に用があると言って行ってしまったのだ。だから、この建物にはヒカル一人しかいない。ひどく疲れたような気になって、少年は夜闇にため息をついた。


 そうして、改めて人影を観察する。その形からして、恐らく人間かとも思われたそれは、しかし、何やら歩き方に違和感があった。膝の辺りまでのスカートのようなものを身に着けているが、その膝の膨らみがない。手にした杖は、あくまでも魔術を使うための杖であり、決して足が悪いという訳ではなさそうであった。ヒカルはその人物の正体を確かめたかったが、肝心の顔は、商店の庇に隠れて見えない。


 さて、この人物をどうしようか、知らせようにも、アレキサンドラや大魔導師たちがどこにいるかなど、ヒカルは知らない。明日の朝にでも話そうかと思ったヒカルは、窓を閉じようと、外に開いた扉に手をかけた。


 その時であった、今まで顔を隠すように移動していたそれが、道の中央に向けて歩きだしたのは。そしてまずいことに、ヒカルはそれと、はっきりと目があってしまった。


「あぁ〜、見つかっちゃったよ……」


 それは、小さな声で唇を震わせたのだった。



 ヒカルは、その姿に目を奪われていた。今までに見た、どんな種族とも違う、一種の神々しさを、ヒカルは感じていた。


 白い衣を身に纏ったそれは、やや短い乳白の髪を垂らした、柔らかいながらに知的な雰囲気の女性であった。眼鏡の奥の少し垂れた目は、優しげな印象を与える。しかし、彼女の出で立ちの、最も目を引いたのは、その頭から生い出ている二本の鹿の角であった。紫がかった白色のそれは、月光を乱反射し、あたかも宝石のように光り輝いている。或いはそれは、魔法動物の体表に発生する、魔力鉱石の一種なのだろう。ぴんと立った耳と、スカートから覗く白茶けた体毛、そして二本の角から、彼女が人間ではないことは明らかであった、獣人、いやむしろ、聖獣か神のような印象を与える姿であった。


「君、名前は何ていうの?」


 親しげにそう述べる女性に、ヒカルは自分の名前を言いかけて、ふと思い止まった。いつか、魔術にとって名前、真名は大事だということを、誰かに言われたのを思い出したのだ。ヒカルは、じっと考えた挙句に、ふと思いついた名前を上げてみた。


「あ……っと、マ、マルクです」


 女性は頷いて、マルク、マルクと何度も口の中で復唱した。


「ありがとうマルク君、わざわざ真名を教えてくれて。私はこれで帰るけど、()()()()()()()()()()()、私のことは誰にも言わないでね」


 ヒカルは、その最後の意味深な言葉が気になった。しかし、それを問い質す前に、彼女は煙のように消えてしまっていたのだった。

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