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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第二章・魔術編
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古城の狼

 時を同じくして、先程サーマンダ公国を襲撃していた一団は、そこからいくらも離れていない、古城に集結しようとしていた。崩れかけた石垣の隙間から漏れ出る光を頼りにしながら、男たちは飛龍を操る。松明の明かりに照らされた、先頭の男の顔には、その半分を覆う入れ墨が彫り込まれていた。その後ろに続く者たちはペストマスクのような物で顔を覆っているものの、腕や足に黒い文様が見え隠れしている。


「やっと戻ってきたか、遅いぞ」


「いや、大魔導師が集まっていたようでな……」


 咎めるような語調の番兵に、どもりながらもそう答えたカリスの一戦闘員は、砦の奥に控える、背の高い細身の人物と目があったことで、表情が凍りついた。


「……『大魔導師が集まっていた』、から何だというのだ」


 不機嫌そうな声に、その戦闘員のみならず、周りの構成員たちも黙りこくってしまった。蝋燭の炎を揺らす風が、何とも生温かくて、不気味であった。標的となった戦闘員は、直感的に、殺されることを予感した。


 無理もない、違法な黒魔術を扱う集団は、確かに群れていれば政府とて手出しはできない。しかし、一度そこを離れてしまえば、即座に逮捕されてしまうだろう。いや、それのみならず、逮捕人を足がかりに組織全体にも影響が出かねない。だからこそ、彼らはその首領を中心として連帯せねばならなかった。つまり、首領の命令は絶対であり、それに外れる者は――。


「分かっているな?」


 声を低くして、男が、つまりカリスの首領が、入れ墨に覆われた腕で戦闘員の頬を掴み上げる。がくがくと頷く戦闘員を突き放すように解放した首領は、鼻を鳴らして元いた席へと戻っていく。


「それで、陽の子はこちらの手に入ったか」


 座に戻った男がそう尋ねる。それに間髪を入れずに答えるのは、飛龍の一団を率いていた男である。明るい蝋燭の光に照らされた壮年の男は、長い髭をなぞりながら、部下たちに呼びかける。


「はい、間違いなく。……おい、連れて来い」


 彼の部下は、首領の言うところの『陽の子』を、手足を縛り上げ、乱雑に抱えて運んできた。その扱いに、首領は顔を顰めたが、誘拐という目標は達成されているので、特に咎めるようなことはしなかった。



 陽の子、それは純白の髪を持った童女である。膨大な魔力を有した彼女は、その黒い瞳を見開いて、自身を取り囲む怪しげな人物たちを、怯えながらも観察する。ペストマスクの奥の目は、彼女の何を捉えているのであろうか。


「やぁ、お嬢さん、突然で驚いただろうね。私はアンリ、アンリ・ムラートだ。どうぞよろしく頼むよ」


 腰を折って、目線の高さを合わせた首領は、自身をアンリと名乗った。周りに控える魔術師たちから恐れられているとは想像もつかない柔和な笑みが、そして、この男の命令で自分は連れ去られてきたのだという事実が、まるで不協和音のように折り重なって、女児の心を逆撫でした。


「…………」


 得体の知れない男に声をかけられ、口も利けぬ程に怯えきった童女に、アンリは名を名乗るように促す。しかし、自分の名を明かしてしまうことに危機感を覚えた童女は、顔を伏せてしまうことで抵抗した。


「どうします、首領。拷問にかけますか?」


 側近の提案に、立ち上がったアンリは、やれやれ、というかのように首を振った。


「拷問? 愚問だな、していい訳もないだろう。この美しいお嬢さんは、綺麗なままにしておかねばならないからね……。とはいえ……」


 童女は、すぐ側にアンリが屈み込んだ気配を感じ、思わず顔を上げかけた。そこに、彼の腕が伸びてくる。


「あっ、いやッ、離してッ!!」


 細身の割に、男の力は強い。ある程度、黒魔術による増強があったのだが、そんなことは童女に分かる訳もない。自由を奪われ、童女はなされるがままであった。


「ふふふ……、やはり美しい、整った顔立ち。怯えの内在する瞳、小刻みに震えて音を立てる歯を、包み隠そうと固く結ばれた色のよい唇……。それに、私が、私が少し力を入れてしまえば壊れてしまいそうな、儚げな細い肢体……。可憐だ、まさに白百合のような造形美…………」


 うわ言のように、童女を賛美する首領は、その腕から抜け出そうとする童女に頓着することもなく、休みなく美辞麗句を並べ立て続ける。舐めるような目線を投げかけ続けた男は、おもむろに、童女の口に自らの指を入れ込んだ。


 異物の侵入に、童女は混乱し、錯乱し、逃れようと一層激しくのたうち回る。しかし、アンリはそれに意を介そうとせず、空いた方の手で懐を弄って、一本の細いガラスの容器、所謂試験管を取り出した。


「魔術儀式に真名っていうのは不可欠なんだよ。いいかい、このお薬を飲んだら、お嬢さん、もう君は逆らうことはできなくなる。全部、私の言う通りにしなくちゃならないねぇ。さぁ、どうする?」


 でろりとした、深い緑の液体。独特の異臭を伴ったそれは、少し嗅いだだけでも酩酊し、昏倒しそうな代物であった。これを自分が飲むのだと考えた童女は、最後の抵抗として、思い切り男の指を噛んだ。だが、それでどうにかなる相手ではなかった。


「君が自分から言ってくれれば、私もこんなことはしないんだけれどもね。さぁ、飲みなさい」


 優しげな母親のような声音で、狼のような男は、試験管を童女の口にねじ込んだ。声を上げようと開いた喉に、緑の濁流が押し寄せる。一筋の涙が落ち切るかどうかの間に、童女の意識は、その未知の液体と共に押し流されていってしまった。



 焦点の合わなくなった目を開いた童女の姿を見て、アンリは満面の笑顔で囁いた。


「あぁ……、私のものになった君が、一番綺麗だよ……。さぁ、改めて……、始めまして、新しい君。私はアンリ・ムラート、君の名前を教えてくれるかな?」


 童女は、その声に機械的に反応し、ゆっくりと言葉を紡いでいった――。



 砦に吹きつける風は、夜の到来を知らせる冷たい風だった。傾きかけた日が地平線の彼方に沈み、カリスは作戦の第二段階に移り始めたのだった。

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